右の頬っぺたを膨らませて、今度は左の頬っぺたを膨らませて。コロコロ飴を転がせる彼女は等身大な姿の気がして、俺も口の中へ飴を入れた。
お揃い、なんてな。
dear.
bet.6 太陽熱
昼休み、3つほど飴をポケットに入れて教室を出た。勿論追い掛けるのは彼女の背中で、屋上の階段を駆け上がりながら口の中を寂しくさせてくれてたらええなって。
「名前ちゃん――、居てへんやん」
暗い校舎から眩しい太陽へ早変わりする景色に眼を細めると、出迎えてくれたのは冷ややか過ぎる風だけで、髪を揺らした先には自分だけの影しか存在してへんかった。
眼に掛かる髪を掻き上げて飴が入ってへん逆側のポケットを探れば携帯の発信ボタンを押す。無機質なコールを聞きながら空を見上げると今日の太陽はいつもより控え目な熱なさえ気がして彼女の存在の暖かさが恋しくて仕方なかった。
《もしもし、》
「何処に居るん?」
《……なんか、アタシの行き先は全部把握させろって言われてるみたい》
第一声で“もしもし”をすっ飛ばしてしもたんは早く逢いたいっちゅう焦りやった。初めての電話やのに、自分の焦燥感と彼女の嫌悪なようで嬉々とした声色が可笑しくなって。
「クックッ、堪忍」
《、そこ笑うとこなの?》
「ちょっと面白かってん」
《何も面白いこと言ってないけど》
「まぁまぁ、気にせんで?」
《訳分かんなーい》
視界には映らへんのに声だけで表情が浮かんで来る。それだけで太陽熱もプラス10度とか。ほんま太陽からも迷惑がられそうな気持ちや。
「名前ちゃん、話し戻すけど。名前ちゃんの事、把握させろっちゅうのは当然やろ?」
《、え?》
「やって約束したやんな、禁煙の為にもずっと傍に居るって」
《、》
「俺から離れたらあかんやろ?」
寧ろ、離れていかんでって。離れたくないのは俺の方やねんけど。
屋上に寝転んで、遠過ぎる太陽に手を伸ばしてみるけどやっぱり全然届かへん。彼女との距離はもっと近くであって欲しい、そう思ってると俺の上に、重なるみたいに出来たのはひとつの影。
『白石君て、ストーカーみたい』
「―――――」
『こんなとこに寝転んで寒くない?』
伸ばした手を軽く引っ張たいて放埒さを顔にする姿。
左の耳からは携帯越しで近くに聞こえてきた声、右の耳からは直やけど少し遠くに聞こえてくる声は贅沢過ぎるくらい柔らかいものやった。
「名前ちゃんは俺にストーカーして欲しいん?」
『絶っっ対いや!お断りします!』
「ハハッ、そうなん?」
『だって白石君、本当に24時間監視しそうだもん』
「そうしたいのは山々やけどなぁ、」
1日中、彼女を見て彼女を独占出来るとか恍惚過ぎるやろ?
せやけど流石にそんなことは不可能やし彼女には彼女の生活やってあるんやから。
せやからせめて、
「ストーカーは諦めるから、煙草の代わりに俺ん事思い出して欲しいねん」
彼女の生活でほんの一部だけでええから俺が居てくれたらって。それくらい願ってもええかな。
『ば、』
「うん?」
『、ばか!煙草と比べてどうすんの!』
「せやけど」
『白石君はモノじゃないし、煙草よりもっと…!』
「……………」
『、な、何でもない…』
“もっと”に続く言葉は何?
もっと大事?もっと必要?もっと好き?
都合良いようにしか考えられへん俺やけど、
『そ、そんなのどうでも良いから飴頂戴!!』
「………っは、」
『、』
「ハハッ、アハハハッ」
『ちょ、何でまた笑うの…』
「えーよ。飴あげるから機嫌直してや?」
『な、何かムカつく!』
「そんなのええから飴やろ?」
『、もう!』
彼女が此処に来てくれたことと、
彼女が耳まで赤くしたことは事実やから、言葉の続きは聞かんへんとこうと思った。
やっぱり、太陽なんかよりもっと近い距離感やんな。
(20100104)
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