彼女を知りたいと思って、彼女を知れば好きやと思った。
好き、それだけで居られたら良かったのに足りひんくて、彼女の心を欲すればそれ以上に自分の情感は広がった。
dear.
bet.31 縋る左腕
「財前、」
メールを見たら直ぐ様、話しを聞きたいと返して指定された公園に行くと、財前はベンチに凭れてじっと足元を眺めてた。
俺が声を掛けたって頭を上げる事はなくて、重力に適わへんとでも言いたげな姿に心臓が跳ねる。
財前が知ったっちゅうのは何の事なんやろう。ただ俺にとっても財前にとっても彼女にとっても、良い事やないのは安易で、不安が少しずつ雨が降る様に募っていった。
『部長、学校は?』
「……行きたくなかった、言うたら笑うか?」
『別に』
「まあ、正しくは行ったけど帰った、やけどな」
『は?』
漸くこっちに視線を向けた財前は心無し瞼を晴らしてる様に見えて。それに対してやないけど、自嘲して笑う俺にそんな眼で怪訝を見せた。
「名前ちゃんな、学校、辞めんねんて」
『――…………』
「俺のせい、やろ?」
『……ますわ』
「え?」
らしくない、消えてしまいそうなか細い声は二度目でちゃんと耳に届いた。『違いますわ』そう言うなりまた俯いてしもた財前に何で、なんて聞く迄もなく差し出されたのは1枚の紙切れで、パッと眼に付いた2/5の文字にそれはパソコンからあるペースだけ印刷されたモノやと分かった。
「何、これ、―――」
『……あの人、オサムちゃんにしか言うてへんかったらしいすわ』
「………………」
そこに書かれた脳に関する病気のこと。俺には関係無い、そう言いたいのに財前の答えは“あの人が隠してた事”。
なんやねん。なんやねんこれ。
脳の病気って、名前ちゃんが……?
嘘、やろ?冗談なんちゃうの?
『最悪や言われてもこうするしか無い思って、後を付けてみたんですわ』
「、」
『そしたらオサムが居って、脳外科行くって』
財前の声が震えるのを初めて聞いた。
財前は彼女の口からソレを聞いて、独りで調べたんや。知りたくないけど知りたいって…?
「…聞き間違え、ちゃうんやな?」
『そういう冗談嫌いですわ』
「せやったら俺、行って来る」
今度こそ彼女の本音を聞いて、もう一度俺の気持ちも伝えなあかん。迷惑や思われても何を言われても俺の想いは変わらへんから。
「財前、ありが『部長』」
「、」
縋る様な声と掴まれた左腕に振り向けば視界の隅で大きな風に揺られるブランコがあって。焦点の先ど真ん中には糸ほどに細めた眼を滲ませる財前が居った。
「ざい、ぜん―――」
『ほんまは、嫌やねん』
「、え」
『ほんまは部長や思いたくない…俺が行きたかった』
「―――――」
せやけどあの人はアンタが特別やから
早く行って来て下さい
財前の痛みが直に心臓に突き刺さる感覚は、俺の涙腺まで刺激してくれて。恋愛の長所でも短所でもある憂鬱さを垣間見た気分やった。1つや言うても俺より歳が下やのに生意気で、その分冷静さと大人を持ち合わせてる男がこんな風に頭下げるのはどれだけ艱苦があった?
悔しさとか、焦れったさとか、もどかしさとか、消化しきれへん感情はどれだけ財前を蝕んだ?
「…名前ちゃんが幸せんなるなら、俺は何やってしてみせるから」
『………………』
「財前も同じやんな?」
『…煩いんで早よ行って下さいよって』
「ん、行って来るわ」
俺やって誰より彼女を想ってる。財前より愛してる自信はある。
せやけど財前からすれば同じ事を思って同じ事を感じてんねん。
こんな時にも嫉妬心っちゅうもんは生まれるけど、こんな時やからこそ財前の想いも重ねて彼女に届けたいと心底思った。
(20100805)
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