俺とあの人が過ごした時間はほんの一瞬で、特別な思い出なんや無いかもしれへん。
せやけど俺は、あの人を想うと瞼がチカチカと熱くなって、それだけで短い時間の中でも込めた気持ちの深さを思い知った。
dear.
bet.30 祈り
カタカタとキーボードを叩く音が響く静寂さは、いつもなら居心地が良いと思えるのに今は怪訝が浮かんでくる。
平日やからか人気の無い空間、それは自分だけがこの世界に存在する様な錯覚を起こして、これから知ろうとしてる答えに厭な不安を巻き起こす。
脳、病気、2つの単語を入力して検索をクリックする左手が少しだけ震えてた。
「、……………』
ズラズラと表示された脳に関する病名を辿って視線を流していけば聞き慣れへん病名のサイトリンクでマウスを止めた。あの人とオサムちゃんの会話で出て来た言葉を過らせて、他の項目にも眼を向けたってそれ以外に該当するもんはない。
瞼を落とした後、一呼吸して眼を開けたら生唾を飲んでページを開けた。読み込む時間も無いに等しく切り替わった画面にはその病気についての症状、治療法、各ページが設けられてて。順を追って文章を読んでいった俺は些細な安心と、それ以上の衝撃に息をするのも忘れてただ茫然自失に陥ってしもたんや。
“脳神経、運動機能に障害が発生する病気であり、症状は震えや緩慢つまり瞬きをあまりしなくなったり動作がスローモーションを見ている様に遅くなり、転ぶと受け身が取れなくなる事がある。精神的には欝症状、意欲の低下、感情起伏の鈍化等様々で原因治療薬というものは無い。原因とされているドパミンの減少、それを投与して補うことで症状の緩和を促すが副作用である幻覚症状も起きうる。”
「…脳神経に、障害、」
俺が安心感を持ったのは今すぐ命に関わるモノやないって事。それについては安心、した、せやけど運動機能に障害が出るのは普通が普通でなくなるっちゅう事や。
例に挙げられた転倒時に受け身が取られへん、それにしたって下手をすれば大怪我で命の問題も出て来るやろうし、例えばモノが落ちて来た、車が突っ込んで来た、そういう事に対しての反射も出来ひん。加えて感情起伏の鈍化は隣で誰かが笑ってても自分は笑ってないかもしれへんのや。
そんなん、生きる事そのものが億劫になる。
「せやからあの人は、……」
今やっと分かった。
オサムちゃんが言うてた意味、歳相応の楽しさとか青春を知って欲しいって言うた意味が漸く、理解出来た。
俺がどんなにあの人を想ってもあの人自身にはなれへんから気持ちを理解したつもりでもきっと違う。それでもこの真実を誰かに伝えて幸せを祈る事くらいは出来るんやで。
そんな風に思考を巡らした俺が居るなんや、想像もつかへんのやろ名前先輩?
寧ろそれで良い。
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以前は病名も書いていたのですが、病名を伏せてその箇所だけ書き直したので不自然かもしれませんが、ご指摘頂いたのでご了解下さい。
(20100803)
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