青というより白んだ空を見上げて彼女を想えばやっぱり好きの2文字が焼き付いて。
きっと、何があろうと消えへんのやろうって思った。仮に彼女が俺をキライになったとしても。
dear.
bet.24 冷たく伝う水滴
それまでは雨の日に湿気でじめじめとした空気の様な自分やったけど、いざ拳に力を込めると今度は居ても立ってもおれへんくて。
鞄とテニスバックをロッカーへ詰め込んだら、いつもの朝練風景を背に彼女の家へ向かった。
「最近授業サボり過ぎやろか」
言うてもまだ2回目やけど。なんて突っ込んでくれる相手も居らへんのに小さく吐いて道を走ってると、彼女のほんまの顔に初めて逢うた日を思い出した。
あの時は天地がひっくり返ったか思ったけど全てのきっかけはソレやったから。あの日、あの時、彼女に逢いに行って正解やった。遅かれ早かれ俺は彼女を好きになるっちゅう運命の元に居ったとは決め込んでるけど、彼女の素顔を知って、それから愛しいと思えた事が今の俺を創って支えてるんや。
「……………」
つい最近の事やのに懐かしさに耽りながら目的地へと到着すると緊張する予定やった身体は意外と平静で。心臓も尋常に動いてた。
初めてチャイムを鳴らそうとしたあの時はめっちゃ震えてたし、今やって改めてもう1回フラれるかもしれへんのにスッと人差し指が伸びる。それも可笑しな話しやんな。
ピンポーンとチャイムの音が響いて本人が出るか家族が出るかどっちやろう、迷ってた心も虚しくどれだけ待ってもインターホンから返事は無かった。
「…留守か、居留守なんか…どっちやろ」
親御さんは仕事に出てるかもしれへん。せやけど名前ちゃんは?何処かそこらでフラフラしてるんか部屋に居るんか。
どっちにしても俺の行動はひとつの選択肢しか無くて、彼女と逢えるまでずっと待ち続けること、それだけや。
「……もう、昼か…」
それから4時間と少し。身体も冷えて指先がかじかんだ頃やった。
迷惑は承知の上、玄関前で待ってるとポケットの中で携帯が振動する。それにつられて自然とディスプレイを見ると一切連絡が無かった彼女から、絵文字も何も無い短絡的な文章が送られてた。
(いつまでそうしてんの?)
って。
ちゅう事はやっぱり俺に逢いたくなくて居留守使ってた、そうなるわな。せやけどそれに対して腹が立つ訳でも無いし、少なからず想定範囲内の事やから。寧ろずっと待ってた俺に連絡してくれたは彼女の優しさなんちゃうかって、自意識過剰やとしても嬉しくなる。
せやから、話しがしたいって返信を打って、彼女が出て来た時には紫色した口唇をきゅっと上げてしもたんや。
『話しって何?』
近くのカフェに入ってミルクティーを注文した彼女は何や冷めた顔してストローを喰わえてたけど、向かい合わせで居るだけで指先から身体中が暖まっていく気がしてた。顔を見れば尚更思う、好きなこと。
「想像は付くやろうけど、昨日の話しやねん」
『……なに?』
「俺は別れたくないし、別れたなんや思いたくもない。名前ちゃんが好きやから気持ちに嘘は吐きたくないねん」
『………………』
俺の言葉を聞いてストローを喰わえたまま息を飲んだのが分かった。それが善い意味なんか、悪い意味なんかは縹渺であって今の俺には判断しかねるとこやけど逢うた時にはちゃんと想いを伝えるって決めてたから。
「名前ちゃん、好き」
『、』
「ほんまに、好き」
『……………』
“せやから俺は別れへん”
続けた言葉の後に待ってたんはそれこそ想像もしてへんコトやった。
不意に、控え目な音の店内に響いた激しい水音とソレが頭から滴る冷ややかな感触。正直言うて感情も思考も全部、一瞬にして吹っ飛んだ。何が起きたんか、分からへんくて。何で頭が冷たくて、何で水が降って来たんか、何で彼女は空のグラスを持ってるんか、理解出来ひんかった。
『……らしくないよ白石君』
『いつも余裕な顔してるくせにそんな必死になってどうしたの?』
『しつこい男は女の子に嫌がられちゃうよ』
ニッコリ満面の笑顔を見てやっと、彼女に水を浴びせられたんやと気付いた。
昨日まで隣に居った名前ちゃんはもう、居らへんのや。
(20100703)
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