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 23.



俺が立ってる場所から2メートル、目の前に立つ家の中には彼女が居るのに。

たった2メートルのその距離は1キロメートルにも感じられて、寧ろ眼に見えへん雲も貫く様な高さの壁が潜んでる気がした。


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bet.23 格好良い男


あれから歩く感覚も呼吸が出来てるのも分からへんまま、どんな思いでどんな足取りで家に帰って来たんか記憶に無い。覚えてる事と言えば何度か発信した電話番号の電源が切られて繋がらへんかった事と、その時の音声。それから脳裏に焼き付いてた彼女が笑顔で『バイバイ』と手を振ってくる姿が繰り返し壊れたビデオみたく流れてた、事。


『白石!おはようさん!』

「………………」

『おーい白石ーシカトかー』

「………………」

『白石?』

「、謙也…」


眼に映る景色は見慣れた学校であり部室でありテニスコートやけど、今は見えていても見えてへんただの風景なだけで。不意にちらつく謙也の手で漸く壁に凭れてた自分に気付いた。


『珍しいな白石がボーッとしてるとか』

「あ、悪いな…ちょっと考え事しててん」


呆気に取られた謙也を尻目に足元を映して、彼女と話せらへんまま翌日を迎えたんやって思うと顔を上げるのも億劫になる。
謙也も謙也でそんな俺を察してくれたんか、それ以上は何も言わんとすっと陰を消してくれた。せやけど入れ替わる様にまた陰が出来たかと思えば直ぐに声が降って来た。


『今日はあの人来てないんです?』

「…さあ、な」


第一声で早速本題を付いてくる相手は顔を見ずとも分かる相手で、嫌な事を悪びれなく言うんも相変わらずやなって。まさか昨日俺がフラれたこと、知ってるん?


『さあって、それで良えん?』

「良えも何も連絡取られへんし、俺の顔なんや見たくないんちゃう」


躊躇せず出た言葉やけどほんまは身体から絞り出す気分で。そんな事まで言われた訳ちゃうのにそれが彼女の本音で、口にせえへんかったのは彼女の優しさかもしれへん、そう捉えてしまう。
自分で言って自分で落ちるとか無いやんなぁ。


『気色悪』

「、は?」

『フラれて全部を悲観的にしか見られへんって。男のくせに女々しくてキショいすわー』

「……………」


財前の生意気さも誰に対しても口が減らんのも分かってるし、別に今更真に受けて逐一傷付くなんやあり得へんけど。今、このタイミングでソレを言うんは幾ら財前でも冷たいんちゃうかって。
慰めて欲しい訳やないけど流石にキツくないん?

同時に財前はやっぱり知ってるんやって理解出来て、彼女とどうやり取りしたんか、そこが引っ掛かった。


『部長がそんなやし余計な事言うつもりは無いけど』

「財前、」

『とりあえず惨めやで、っちゅう事は伝えときますわ』


“名前ちゃんは何て言うてた?”
聞きたくて顔を上げたけどそこにはほんの少しだけ瞼を腫らした冷ややかな顔があった。


「財前、もしかして、」

『もう部長と話す気無いんで』

「……そか、気使わせて悪かったな」

『そういう勘違い止めて欲しいすわ』

「ん、すまん…」


勝手な憶測やけど。
もしかすると財前も彼女に突き放す様な事を言われたんかなって思った。例えば、別れた事を知った財前は彼女と会うて、そこで彼女の傍に居りたいと願ったなら…。

ハナから彼氏の存在がある女の子を好きになって、見込みが無くても彼女を想って。それを可哀想とか思わへんけど、俺より全然アイツは格好良い男なんやなって。


「…徹底的に惨めになるのも悪ないかな」


そう思われるのは財前からしてみれば不本意なんやろうけど背中を押してくれた事に感謝して、もう一度行こうと拳を強く握った。

名前ちゃんに逢いに。


(20100702)


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