頭が真っ白になる、それはこういう事を言うんやって実感した。
別れた、
自分への事象やなくてもその言葉は衝撃的で突発的で、電話が途切れても携帯を耳に当てたまま暫くそのまま動く事が出来ひんかった。
dear.
bet.22 暗闇に笑った君の顔
何で、なんや言う暇もなくて。
俺の隣を車が何十台か通り抜けたらやっと、携帯を畳む動作が出来た。
「あの人が、部長と…」
さっきまで俺の眼に映ってたあの人は本気で部長を想ってて、部長もまたあの人に本気をぶつけてた。無駄な嫉妬をして、無駄にそれを受け止めて、2人だけの空間っちゅうモノがあったのに。
出逢いたくなかった、あの言葉はこの末路を意味してたんやろうか。それでも別れなあかんかったその理由は疑問でしかなくて、俺にはあの人の心が詠めへんくて。
何より霧散してしまいそうな閑寂な電話越しの声が後頭部をズキズキ刺激した。
「……ここ、か」
真っ直ぐ家路を目指したつもりが足は自分勝手に別の場所に向かってて、気が付けばあの人が居るやろう家の前に立ってた。
何も言うな、それを込めて切れたかもしれへん電話やけど引っ掛かりをそのまま放置出来るほど器用でも無いし、自分の気持ちをぶつけてやるって決めた以上このまま腫れ物に触れへんなんて、嫌やったから。
吸い込んだ酸素を飲み込んでいざインターホンに指を向けた瞬間、空から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「名前先輩、」
『来てくれるとは思わなかった』
「…気紛れっちゅうやつですわ」
『どうかなー、でも来てくれるって思ったから外見てたのかも』
「……………」
ちょっと待ってて、そう言って部屋の窓から出してた頭を引っ込めると直ぐに玄関が開いて、意外にも笑った顔を見せてくれた。
泣いて泣いて酷い顔になっとんちゃうかって思ってたから拍子抜けした、っちゅうのが本音。
「元気そうやん」
『心配してくれたの?』
「想像に任せますわー」
近所の公園まで歩いてブランコに腰を落ろすなりケラケラあっけらかんと笑う声が小さく響く。
子供も誰も居らへん場所は外灯の白い光りがポツポツ間合いを取って遊具を照らして、あの人と俺2人だけの世界に遮断してる様な異様な気分にさせた。
「まさか冗談やった、とは言わへんやろ?」
『えー何が?』
「とぼける気です?」
『あははっ、それこそ冗談』
「ハァ…」
『光の溜息っていやらしいね』
「何です?まさか俺に惚れたとか言いたいん?」
『そうだったら良いのに』
隣でブランコを漕いで風に打たれたあの人は冗語を交えてると漸く憂苦を噛み締めた様な笑顔を見せた。こっちはこっちで“あり得ない”と断ち切られたのと変わらへん返事に視線を逸らしたくなる。
あーあ、来るんやなかった。そう思ったのも一瞬で、あの人はブランコを止めてゆっくり声を出した。
『あのね、光…』
「ん」
『アタシ蔵の事、凄い好きなんだよ』
「…知ってますけど」
『あんなに好きになるとは思わなかった』
「……………」
『でもね、好きだから別れなきゃいけないんだよ』
「…何で、」
『蔵の事、好きだから、離れてあげるの』
顔を上げて、憂愁を纏いながら笑った眼からは一粒だけ雫石が頬っぺたを伝って砂を濡らす。
もう、限界やった。
『、ひかる…』
「部長が」
『え?』
「部長が無理なら俺にすれば良え」
『ひかる、』
「部長から離れるなら俺が隣に居る」
せやから、俺を好きになれば良えねんて
気持ちをぶつけても触れるつもりは無かったのに、限界の底は浅かったらしい。腕の中に収めたあの人が小さくて、愛しい。幾ら哀感を持ってようが泣いた顔すら欲したくなる。
せやけどその代わり、俺は何を言われても離れたりせえへんから。
だから、俺を好きになって。
『……ひかる』
「………………」
『やっぱり、光好きだよ』
「好きの、意味は?」
『蔵とは違う』
「………………」
するりと容易に腕からすり抜けてくあの人はもう、涙なんか無くて。ポケットから取り出した煙草をぎゅっと握り潰すと、
“アタシに恋愛は向かないから”
弧を描いてごみ箱へ投げ入れた。
『光、ありがとう。また明日』
もう笑顔を作って手を振ったあの人やけど、今は、自分の視界が緩く滲んでた。
(20100630)
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