絶対、離れんて約束して
そんな台詞を吐き出したくなったのは財前の言葉に翻弄されたせいや。元より離れる気なんやある筈が無いけど、厭に引っ掛かって。
大丈夫、大丈夫、根拠の無い不安を拭う様に繰り返せば振り返った彼女が飴を含んだ口で笑顔を作って、漸く安堵が見えた。
dear.
bet.20 離れた影
「名前ちゃん、オサムちゃんと何話してたん?」
『デートのお誘い』
「え、」
『嘘に決まってるじゃん』
「………………」
それは無い、分かってても必然と瞠若してしまう自分が情けない。愉快に笑う彼女にムッとしたくなるけど本音はその顔さえ可愛くて俺も笑いたくなる。せやけどグッと堪えて髪を撫でながらグシャグシャにしてやると案の定膨れっ面が見えた。
『何すんのっ!女の子の髪は命そのものなんだからね!』
「名前ちゃんが意地悪言うからやろ?」
『ちゃんと嘘って言いました意地悪じゃありません』
「はいはい、俺が悪かったな、ごめんごめん」
『心が込もってないんですけど』
「直したるから許してや?名前ちゃーん?」
子供をあやすみたくさっきよりゆっくり優しく左手で頭を撫でて髪に指を通すと、それすら気に入らへんかったらしく。一房、指の間をすり抜けるとそのまま部室の方へ乱暴な足取りを向けてしもた。
「こらこら、そんな歩き方あかんて」
『うるっさい!!もういい優等生ごっこなんか止める!』
「ほんまに言うてるん?」
『ちょっと謙也!さっさとボール出して!』
『え、お、俺?』
『他に謙也って名前居ないでしょうが』
『、せ、せやな』
大きい足音を響かせた勢いのまま謙也向けて罵声を上げるところを見ればほんまに仮面を剥ぐつもりみたいで。『光にもバレたしもういい』なんて吐き捨てた台詞に、秘密事が薄っぺらくなってしもたなぁとは思うけど…下手に財前とだけ距離を縮められるよりはそっちんが良えんかな。
何よりガラスか鏡かが割れる様に理想像と現実が崩れたのを垣間見た謙也の顔が面白い。真っ青んなって自分の眼疑うとるやんか。
まあ、財前の一件より肩の荷が降りた気がしたのは勘違いやないし、本人もこれで本当の自分と向き合ってくれる人が増えれば今まで見えてへんかったモノも見えるんちゃうかなって。
ほんの少しだけ母親心を抱いて部活時間を見守ってた。
「今日は大変やったな」
『大変?なにが?』
「謙也も皆も眼が点になって怯えてたやんか」
『怯えてただなんて失礼!失言だよ白石君!』
「ハハハッ」
彼女の変貌で始まった部活は俺含め3人以外、一同揃って腫れ物に触れる空気がずっと続いてた。ベンチに座って腕を組んだ彼女は悉く自分の仕事を後輩に押し付…、指示してふんぞり返ったまま飴を食べてただけ。
当然、贔屓目がある俺は、たまにはこんな日があっても良いと思ったし、普段より無駄無く迅速に動く部員を目の当たりにしたら寧ろ明日からもこのままを継続すべきなんやろか、なんて。
『でも謙也はちょっと頭に来るね』
「うん?」
『始めは頭でも打ったんじゃないかって心配してたくせに“これが猿女の本性か”だって!アイツ締めてやる!』
「そんなん言われたん?」
『蔵がオサムちゃんと喋ってんのを良い事に言ってた』
「大丈夫や俺が明日から謙也に特別メニューを組んだるわ」
『絶対だよ』
学校からの帰路を隣り合わせで歩くのがもう日常化してきた中で他愛もない会話は俺に安堵と歓喜と幸福をくれる。
謙也は口が過ぎるなぁって明日のメニューを浮かべながら、確実に近付く家は同時に簫々を生んで。やっぱり数時間でも離れたくないって気持ちが抜け切らん。そう思ってると隣にある筈の影が後ろに引いていくのが見えた。
「名前ちゃん?」
『、ごめん』
「良えねんけど…気分でも悪いん?」
『……ちょっと、考え事』
「うーん。俺ん事やったら嬉しいけどどないした?」
次第にスピードが落ちた足はついに止まってしもて、不意に俯いた顔を覗けばらしくない憂苦を纏った空気が流れ込んだ。
ほんまは体調悪いんとちゃうの…?
『あの、蔵』
「うん?」
『あっという間だよね、帰り道って』
「え、あ、せやなぁ…名前ちゃんと一緒やと時間経つの早いから」
『うん……』
急にどないしたん?
何でやか続けられへん言葉と眼を合わせてくれへん彼女に、冷淡を感じさせて肌を刺す風が厭な騒めきとなって身体を掠める。
「名前ちゃん、今日は、」
『別れよ』
「、」
『アタシと別れて下さい』
「、っ――――――」
“今日はもう少し一緒に居ろか”
阻む様に重ねられた声は俺の呼吸を止めた。
別れ、る……?
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ごめんなさい。
前回の分と合わせて空メを考えていたんですがこの辺りからシリアス(の予定)なので『嘘やんな?』とか『そんな冗談笑えへんで』とか微妙なものしか浮かばず……
やっぱり暫くお休みしたいと思います。落ち着いたら再開しますので!
(20100624)
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