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 19.



彼女が自分やなくて他の誰かを好きって言うたこと。それは頭を殴られたくらいの衝撃があった、っちゅうより逆に、無重力の世界に飛ばれた様な、身体が思う通りに動かせへんで地に足が着いてる感覚さえ皆無に思えた。

それくらい頭に来て気が気やなかったし、今すぐ彼女を連れて何処かへ逃げ出したいとさえ思ったのに人間て単純に作られてる。財前の前で言うてくれた言葉は俺の耳にも身体にも心にも十二分に響いて幸せっちゅう色をくれた。
今なら、変に隠されるより素直に好きやって言うてくれた彼女にありがとうを言える気さえして…はにかんでしまう自分に笑ってしもたんや。


dear.
bet.19 隠された心


「なぁ、財前は本気なん?」


彼女がオサムちゃんに呼ばれて向こうへ行くと、当然ながら俺と財前の2人が残る訳でどうせなら本音が聞いてみたいって。単に遊べるモノが出来たと思われてるんなら心の底から迷惑なだけやねんけど、それなら彼女が財前を好きやって思わへんのちゃうかな。
恋愛感情やなくても、財前に対して何か惹かれるものがあったから好きやって思ったんやろ?


『は?』

「せやから、急に名前ちゃんて言い出した訳やし…仮面被ってんのを面白がってるん?」

『…別に急って訳でも無いし』


伏せ目になって視線を外した財前は不機嫌な顔で風に揺れられる髪を掻き上げた。
聞き取るのも危うく呟かれた言葉の意味は何なんやろう。急やない、つまりもっと前から彼女を見てたっちゅう事か?

生憎、俺はユウジ程やないにしてもそれなりに洞察力には自信があった。せやけど最近の自分は彼女を映す事だけに全力投球してたから財前の想いなんや分からへん。
ただ、今目の前に居るアイツはからかう為だけやなく彼女を特別視してるって事だけは分かる。
なんか、口の中が苦い気がした。


『っちゅうか部長』

「え?」

『譲る気無いです?』

「………は?」

『クックッ、言うてみただけですわ』

「厭な冗談やな」


きっと冗談なんかやない。財前は、名前ちゃんが欲しいんや。横目で笑ってみせたって黒い眼がそう言うてた。せやけど俺やって相手が誰やろうと手放すつもりは無いし、俺の隣には彼女、彼女の隣には俺、それ以外認められへん。
せやから、財前の本気には気付かへんフリしてジャージのポケットの中でぎゅっと拳を作った。


『部長』

「今度は何や?」

『…あの人、眼離さん方が良えですよ』

「うん?俺が離すと思うか?それこそ有り得へん冗談やで」

『やな、馬鹿が付くくらい過保護なんも知ってるのに余計な事言いましたわ』


そのままの意味で受け止めれば『俺みたいな男が居るし気を付けて下さい』ちょっとした皮肉も込めてそう取れる。それやのに財前はさっきと打って変わって多情多恨の様ならしくない憂愁さを纏ってる気がして、第三者は関係無く俺と彼女の間を指してるんちゃうかって、思えた。
俺が、若しくは彼女が、壁を作るんやないかって。


「財前、」

『忘れて下さい』

「………………」


背中を向けてゆっくり距離を開けて行く財前と、向こうは向こうでらしくない愁眉を作ったオサムちゃんを映したなら、小さく吹き抜ける風が俺を笑ってる錯覚を覚えた。
ユラユラ揺れる前髪の向こうに見える彼女を焼き付けて、どうか杞憂であって欲しいと瞼を落とした。

壁なんか、出来る筈が無いやんな。


(20100527)


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