ぶっちゃけ、何で最愛の彼女から離れてむさ苦しい中年方が居る職員室に行かなあかんのかっちゅう話し。一緒に過ごせられる時間は1秒も無駄にしたくないのに、そう思ってるとオサムちゃんがあっけらかんと笑って『お、白石ぃ』とか。
ちゃうねんちゃうねん俺が求めてるのは全然ちゃう。彼女は喫煙してる姿やって愛らしかったし下品な髭なんかない。とっとと用事を済ませて部室へ戻ろうと意気揚々に思った。この時までは。
dear.
bet.13 闇路に光り
オサムちゃんから練習メニューを預かって部室へ向かいながら、今頃皆に絆創膏に付いて触れられてたら困った顔してるんやろなぁって。言い訳はせやなぁ…虫刺されやと露骨やし飼い猫に引っ掛かれたとか。兎に角彼女の顔が見たい、その一心やった。
「………………」
『あ、部長はよーございます』
せやけどドアを開けた先に居ったたのは財前にべったり張り付かれた彼女で、謙也や周りも意外やとでも言いたそうに驚いてた。
苦笑を浮かべる彼女を見ればほんの数分離れた間に紆余曲折した事くらいは理解出来ても、たかが数分で俺の場所を盗られた錯覚をしてしまう。彼女に触れて良いのは自分だけ、いつの間にか勝手な理屈を作り上げてた事を自覚しながら仕様もない嫉妬心が芽生えた。
「財前、離してくれへん?」
『離すって何です?』
「名前ちゃんから離れてって事くらい分かるやろ?」
『部長の気持ちは分かりますけど、名前先輩はどうなん?』
『え、いや、あの…』
あくまで強気な財前に対して歯切れ悪く言葉を濁した彼女に悄然を感じずには居れへんくて。幾ら皆が居る前やとしても嫌は嫌やって発してくれると思ってた。
『名前先輩も本気で嫌がってる訳ちゃうみたいやし』
「……………」
『俺も名前先輩と仲良くしたかったんで宜しくして下さいよって』
簡単に掌握へ繋げた財前が口角を上げると彼女の首を撫でて、それで漸く気付いた。絆創膏が外されてるんを。
『あの、白石君、』
「勝手にしたらええで」
『、』
メニュー表を机に投げて勢い任せに言葉を吐き捨てると眉を下げて瞠若する彼女が見えた。
あんな顔させるつもりも無かったし、させたく無いって思ってたのに。ずっと笑ってくれてたら良えって思ってたけど、せやけど不安と嫉妬は容易に理性を崩して吐き出さずには居れへんかったんや。
ごめん、
頭の中でだけ呟いて部室を出た。
「ハァ…」
上手く行ってたと思たらこんなつまらへん事で詰まって、自分が情けなかった。もっと無理矢理に彼女を引っ張れば、それか俺のんやって頑なに引くことを止めへんかったら少しは変わってたんやろか。
屋上からテニスコートを眺めると冷たい風に吹かれた。
「…名前ちゃん、ごめんな」
『、気付いてたの?』
「足音、聞こえたし」
小さい小さい、消えてしまいそうな音やったけど彼女の音を逃す訳無い。後ろに立ってるんやろう彼女に声を向けるとビックリしたーなんて隣に座った。
俺を追い掛けて来てくれたのは嬉しい、それでも眼を合わすのには気が引けた。
「言い訳やから、流してくれてええねんけど…」
『……………』
「財前と何かあったんやろなっちゅうのは分かったんや。分かったけど、名前ちゃんが財前に触れられてて腕ん中に収まってて、めっちゃ妬いた」
『……………』
「格好悪いねんけど名前ちゃんが俺の横から居らへんなるんちゃうかって思ってん」
テニスコートから視線を変えずにグチグチと溢す俺に彼女はずっと黙りやった。もしかして呆れてる?面倒臭いって思ってる?
でも、俺も好きな女の子の前じゃただのちっぽけな男やねん。はいそうですかって笑ってられるほどでかい男やない。
『…本当、超格好悪い』
「、」
『普段大人ですーって顔しといて格好悪すぎ笑えちゃう』
そらほんまの事やけど自覚も自責もしてんねんからそこまでハッキリ言わんでも、そう言いたくて振り返るとソレを口にしてなくて良かったと思った。加えてそう思った事にめちゃくちゃ後悔した。
『…もっと、謝って』
まさか彼女が泣いてるとは思わへんくて。
「ごめん、ほんまにごめんな…?」
『どうしても、って言うなら、許してあげても良いけど、』
「ほんまに?」
『うん、格好悪いけど、嬉しかったから』
眼にいっぱい涙を溜めて笑う彼女は最高に可愛くて愛しくて、これが愛くるしいっちゅうんかな。
名前ちゃんが名前ちゃんで良かったって、心底幸せんなった。
「あんな名前ちゃん?」
『なに?』
「こういう時に嬉しいって言うのは不謹慎っちゅうんやで?」
『蔵、生意気』
「ハハッ、堪忍」
せやけど彼女が泣いた理由は俺の言葉に傷付いたからやなくて、嬉しかったからやって見えるのは何でなんやろう。
俺には、愛に餓えてる様にしか映らへんかった。
(20100415)
★蔵からメール(空メすると届きます)
←