静寂でしかなかった満月はいつの間にか沈黙も暖かい光りに変えて、アタシと白石さんをキラキラ照らしてくれた。
2人だけの世界なんてあり得ないのに、2人だけしか存在しないみたいなそんな錯覚に陥る。アタシと白石さんじゃ、身分も生きる世界も何も釣り合うとこなんか無いのに…悲劇でも良いからこのまま2人で居られたら良い。そう思うのは滑稽、なんだろうか。
「……ん、」
格子窓から差し込む強い光りは嫌でも朝を知らしめて、黒い視界から白い視界へと眩しさで眼を細く開くとアタシいつ寝ちゃったんだろって。
確か白石さんと庭に居て、それから……?
『眼覚めた?』
「、!」
『おはよう名前ちゃん』
「しししし白石さん…!!」
もう起きなきゃ、でもまだ起きたくない。そんな余韻に浸りたかったのに頭上から聞こえて来た声のお陰で脳は瞬時におはようを告げた。
寝呆け眼のアタシを相変わらずの笑顔で見てる白石さんが格好良いとか、寝顔見られて恥ずかしいとか、何で此処に居るんだとか、聞きたい事はいっぱいあるけどそれより何で…何で、白石さんは逆さまなの?
『俺の膝でもよう寝れた?』
「ひ、ざ…、………ああ゛っ!」
『ハハッ、そんな勢い良く離れんでも良えのにー』
「や、あの、本当にごめんなさい!!」
何だってアタシは白石さんに膝枕なんかさせてんのって話し。そりゃお陰様でたっぷり安眠出来…、じゃなくて。
本当に何で?アタシ昨日どうした?
『謝られると逆に辛いねんなぁ』
「え、」
『夜な夜な白石さん白石さん言うてた名前ちゃんは可愛かったし…』
「そ、それって…!」
『何も喋らへん思ったら庭であのまま寝てしもたし、部屋に連れて行ったら行ったらで俺の名前読んで手離してくれへんかったからな?』
な、なんだ。白石さんの言い方って一々卑猥を匂わせるから記憶も無いのにやらかしちゃったのかと思ったじゃんか…!
って、安堵してる場合でもないってば!
「ほほ本当ごめんなさい!ずっと付いててくれた、って事ですよね…?」
『役得っちゅうやつやな?』
「そんな役得だなんて、」
『1人部屋で夜を過ごすより、名前ちゃんを眺めて手を繋いでられる方が俺には過ぎたる事やねんて』
「……………」
嬉しいんだよ、白石さんがそんな風に言ってくれるのは嬉しい。
だけどやっぱり申し訳無さが募るのは必然で。用意された食事に寝床、着物、挙げ句に白石さんという存在。出来過ぎた環境が、申し訳無いっていう罪悪感で押し潰されそうになる。
『ほな、お礼、貰っても良えかな』
「あ、アタシに出来る事なら!」
『名前呼んで貰えへん?』
「、白石、さん?」
『ちゃうちゃうちゃう、下の名前や』
「蔵ノ介、さん…」
『うーん。しっくり来おへんなぁ…やっぱり“蔵”が良えかな』
「蔵さん?」
『敬称も敬語も外してくれた方が嬉しいんやけど』
「え、でも、」
『名前ちゃんに出来る事はしてくれるんやろ?』
それが俺の為やねん。
そう言われたら頷くしか出来なくて。アタシなんかが偉そうにそんな事良いのかなって思うけど、
『名前ちゃんはこの時代の人間ちゃう。俺に敬意を見せる必要も無いし、そのままで居って欲しいんやんか』
出逢って何度目か、頭を撫でてくれる手はやっぱり優しかった。
「じゃ、じゃあ、蔵…?」
『うんめっちゃ良えなそれ』
「アタシ、お手伝いする!」
『お手伝いって?』
「ご飯の支度とか掃除とか洗濯とか何でも!蔵や皆の役に立ちたい!」
蔵、そう呼ぶのもまだ慣れなくて本当に良いのかなって不安もあるけどそれより、アタシからも何かしたくなった。こんなに暖かく迎えてくれた環境に恩を仇で返したくない。
『…あかん』
「、」
『絶対あかん』
だけど蔵と来たら腕を組んで、明らか機嫌を損ねましたって外方向いちゃって。何で?アタシ悪い事は言ってないのに。食事に毒を盛るかもしれないとか思われてんの?そんなまさか。
「何で、駄目なの…?」
『……それわざと?』
「へ?」
『そんな顔されたら良えよって言ってしまいそうんなる』
こっちへ横目を向けると口をへの字に曲げて溜息ひとつ。何がどうして駄目な訳?それにそんな顔って、アタシ変な顔してる?けど蔵の口振り的には可愛いってこと?(駄目だ調子乗った発言じゃん今の)
『あんな?昨日も言うたけど、名前ちゃんが城の皆を手伝ったとして、今度は皆が名前ちゃんに惚れてしもたらどないするん?』
「そんな事ある訳が無いし…」
『あーる。万一無かったとしてもや、俺はめっっちゃ心配性やねんで。それこそずっと傍から離れられへん』
蔵の愛はこれでもかってくらい大きくて、
『例えお風呂入ってたとしてもな?』
だけど超狭くて、アタシは朝一番に声を上げて笑った。
頬っぺたを膨らませて拗ねて見せる蔵が、愛しい。
(20100423)
←