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 k07.



「……………」


アタシも、アタシも白石さんに会えて良かった。伝えなきゃいけないのに上手く呼吸出来なくて、近過ぎて滲む白石さんの茶色い眼を見るだけでいっぱいだった。
ドキドキドキドキ、大袈裟に聞こえる心音が苦しいのに心地良さを感じるとコンコンとノック音が重なった。


『夕餉の用意が出来ました』

『…あー空気読んでくれへんかなぁ』

『え?』

『何でも無いわ、運んで』

『はい』


あのまま女侍さんが来なかったらどうなってたの?逢って早々にあんな事やこんな事とか……!
止まんない都合良い妄想に顔の熱はまた急上昇してくのに、


『この話しはまた追々、ゆっくりしよな?』


人差し指を口に当てて笑顔を向けられともう…羞恥で俯くしか出来なかった。


『ほな一緒に食べよか?』

「あ、はい!有難うございます」

『いいえ。この後は名前ちゃんの為に宴用意させてるから』

「え、そんな、」

『遠慮は要らへん。俺が嬉しいから付き合わせるだけやねんで』

「……………」


アタシ、こんなに良くして貰って良いのかな。幸せ過ぎて、不安になる。
アタシの為に言葉を選んでくれるのも行動を選んでくれるのも、嬉しいからこそ怖くなる。


『…あかんかった?』

「、」

『騒ぐのは苦手やった?』

「違います、そうじゃなくて…」

『とりあえず食べてしまおか』

「はい…」


その親切心が怖い、そう言ったら白石さんはどんな顔するんだろう。馬鹿だって笑うのか、哀感を浮かべるのか。
信用が無い訳じゃない、ただ…この幸せに慣れるのが、怖いだけ。


  □



「うわ…」

『とてもお似合いです』

「あ、有難うございます…」


白石さんによれば誰彼構わずアタシの素性を明かすのは良くないからって、一部除いて記憶喪失だという事になってるらしいアタシは女侍さんに着物を着せて貰った。
この時代に居る以上、不自然さは無くしない。それは思うけど緋色のこんな素敵な着物、アタシが貰っても良いのかな…。
申し訳無さを感じながら、だけど在り来たりな“お代官様ごっこ”が浮かんで可笑しくなった。


『名前ちゃん着替え……、』

「あ、白石さん!」

『……………』

「白石さん?」


タイミング良く襖を開けた白石さんは部屋に入るなり口に手を当てて固まっちゃって。
着物まで有難うございます、お礼を言いたかったのにアタシまで言葉が詰まっちゃうじゃん…?


『ハァ…』

「あの、」

『今日の宴は無しにしたいわ』

「え、」

『こんな可愛い格好されたら人前に出したくない』

「……………」

『変な虫が付いたら困るやろ?』


キザな台詞を、何でこうも簡単に口に出来るの?お陰でまた再熱するんだけど。この時代の人って皆そうなの?もしアタシの住む世界でそんな事ばっかり言う人が居れば逆に白い眼を向けられそうなのに。
でも白石さんが、って事だと話しは別なのかな。


『名前ちゃん』

「は、はい」

『めっちゃ似合ってる』

「ありがとう、ございます…」

『今すぐ祝言挙げたいとこやで』

「しゅくげ…え、結婚ですか!」

『けっこん?ああ、そっちではそう言うん?』

「は、はい…」

『明日からもまた色んな話し聞かなあかんなぁ、名前ちゃんの事も名前ちゃんが住んでた環境も知りたいわ』


祝言という単語に動揺を隠せないアタシを面白そうに笑いながら白石さんはまた頭を撫でてくれた。

白石さんが居る、それだけでアタシは満たされて、宴での皆の笑い声が白石さんの作る世界なんだと思うと…戦がある時代だとは信じられないくらいの優しい世界が、好きになれそうだった。
だけど……。


「あ、満月……」


楽しい時間が終わって夜1人になると、家から見える月より眩しい光りが哀愁を連れて来る。
アタシの時代より静かで灯りが無くて、だからこそ綺麗に瞬く星と月が……静寂に見えた。


「今何してるのかな…」


この空の向こうにはパパとママが居るんじゃないの?アタシが居なくなって心配、してるんじゃないの?

光りに誘われるみたく中庭へ出て星へ手を伸ばすけど届く筈も無くて。こんなにハッキリ見えるのに、届かないことがもどかしかった。この時代がどれだけ優しくても帰りたい気持ちが消える事は無くて、ママが作るご飯と、パパの『ただいま』が恋しくなった。
まさかこの歳で親が恋しいなんて思うとは思わなかったけど。


『……寝られへんの?』

「、白石さん」

『やっぱり、不安やんな…?』


ずっと居たの?アタシを心配して?
ゆっくり足を進めて白石さんが首を傾けて憂愁に笑うと人差し指がアタシの眼に触れる。
アタシ、泣いてたんだ…?


『俺が、魔法でも使えたら良かったのにな』

「、白石さんのせいじゃないですから」

『うん…もし魔法が使えたなら名前ちゃんが居るべき場所に戻す事も出来る、せやけど、』


人差し指が離れたら、今度はぎゅっと白石さんの温もりに包まれて。


『俺は、名前ちゃんが俺に逢いに来てくれて良かったと思ってる。魔法が使えたとしても本音は帰したくない』

「、」

『俺が、名前ちゃん守ったるから。1人で泣かんで。俺を頼って。俺の傍に居って…』


パパとママは大事、それは変わらないけどこの世界にも同じ様にアタシを思ってくれる人が居る。
強くて優しいこの腕を離したくないと思った。

アタシ、やっぱり白石さんが好き。
怖くても不安でも、白石さんの隣に居たい。



(20100421)


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