『名前ちゃんはどっちが良えの?』
『ハッキリ言うたらなこの人は分からへんで』
「え、えっと…、」
左手は白石さんにがっちり包まれて、右手はあの人の人差し指になぞられる。生きるか死ぬかの狭間だったのに何でこんな急にハーレムな展開に?
アタシが珍しいから、それだけの理由だとは分かってても錯覚しそうになる、アタシが必要なんだって。
『名前ちゃん、焦らさんと俺やって言うて?』
『それともどっちも選ばんと外に放り出されたいって?』
「そそそれは嫌です!!」
右も左も前も後ろもてんで分からないのに1人で生きてくなんて無理、絶対無理。本当なら泣き喚いて縋りたいくらいの吉事だもん。
アタシは、右の指にきゅっと力を込めた。
『、』
「白石さん、宜しくお願いします…」
『俺で良えんか…?』
「アタシの台詞です、ご迷惑になりませんか…?」
『無論、やろ?』
優婉を纏いながら莞爾した白石さんに心臓が掴まれた気がした。嘘偽りなく真っ直ぐ嬉々を伝えてくれる眼が、この世界に落ちたアタシの太陽みたいで、白石さんが、慰安の存在。
『は、面白ないわ』
「、あ」
『俺帰るんで後はごゆっくり』
視界には白石さんだけいっぱいに埋まってたけど、左手を払除ける様に叩かれたら漸くもう1人に気付いた。
『帰るって財前、俺に用事あったんちゃうん?』
『無い無い特に無い』
『せやけど一晩くらいええやろ?』
『小言が長引くんも怠いし要りませんわ』
『そ、か』
機嫌を損ねた顔はぶっきらぼうでしかないけど、疎ましくしてた数分前よりは穏やかさが見える。少しはアタシに信用向けてくれたって事、だよね。尚更申し訳無くなった。
『あ、コレ』
『、』
『白石さんにあげますわ』
『……、懐刀?』
『深くも浅くも物騒なんで』
『何や真意が分からんくて怖いけど』
『何も無いすわ』
『…ありがとう』
胸元から取り出した小さい刀を差し出したあの人は白石さんが受け取ると心なし口角を上げて笑ってみせた。何度見ても刀に慣れないアタシは肩が跳ねるけど白石さんは左手に収まったソレをじっと見つめてた。
その事象は言葉じゃなく意志疎通してるみたいな、2人の思想を繋げている様でアタシが、嬉しくなった。だけどあの人が部屋を出て行く瞬間、眉を下げて曇った顔をしてた気が……気のせい、なの?
「白石さん、あの人はコレを渡す為に来たんですか…?」
『気紛れな男やからな、どうやろ』
「……………」
『まぁ多分、暇を潰しに来たんやろ』
ハハハ、屈託無く笑顔を向けられたけど、白石さんも白石さんで憂色めいた空笑いに聞こえた。
その刀の持つ意味だって想像付かないアタシには、安易に何で、とか質疑も出来なくて何も言えなかった。
『あー、せや』
「、」
『名前ちゃんに謝らなあかんな』
「謝る?」
音もなくゆっくり懐刀を傍に置いた白石さんはトントン、と畳を暇潰しで鳴らす。謝るって、謝罪されるような事をされた覚えは無いんだけど…?
首を傾げると途端、屋根裏から飛び降りて来た黒装束の男は白石さんに向けて片膝を立てて頭を下げる。
「っ、!」
『はっ』
『自分聞いてたんやろ?分かるやんな?』
この人、さっきアタシに短刀を向けた……。それを謝る、って意味だったの…?
『聞こえへんかったとは言わさへん』
『しかし、その女は、』
顔も半分包まれて忍だと見て取れる容姿に、白石さんへの忠誠を誓ったのもアタシの足りない頭ですら難なく理解出来た。それなら余計、不審なアタシに対してあの行動を取るのは当然であって況してや謝罪だなんて…言葉を濁すのにもアタシは納得出来たのに、
『俺は名前ちゃんに謝れ言うてんねん』
「――――――」
白石さんが見せたのは酷く冷めた、酷く荒んだ眼だった。
『…、申し訳ありませんでした、名前様』
「……………」
『ハァ…行ってええで』
『失礼します』
謝罪を伝えてパッと姿を消すと白石さんは『ほんま、ごめんな?』なんて罪悪感いっぱいの顔に戻って。撫でられる頭からはやっぱり暖かい体温が伝わるのに、この人にあんな顔をさせる時代の怖さを、実感せずには居られなかった。
本当にアタシは、此処で生きていけるのかって…。
(20100419)
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