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 04.



「………………」

『………………』


痛い、痛い、痛い。
今は首の傷より視線が痛い。

あれから30分くらいだろうか、意外と早く城が近付いたらしく1度馬を止めた白石さんは自分が被っていた笠と羽織をアタシに渡してくれた。城下へ入れば周囲の眼にはアタシが異端にしか見えないという白石さんの優しさだと思う。だって平成で考えても着物が可笑しいとは言わないけどやっぱり目立つ訳だし。
ただ厭な視線は向けられないとしても白石さんが通れば皆そっちに眼が行くのが常であって丁寧な挨拶と敬意を払う声が沢山あった。
白石さんの笠を深々に被ったアタシは町の様子も何も見えなかったけど、その声だけで白石さんが敬られてるのが分かって、何か、嬉しかった。

だけど今はそれどころじゃなくて。白石さんのだだっ広い自室に通されて早や10分、あの人と2人きりの時間は拷問みたく泣きたくなる時間だった。


『……………』


見てる、見られてる、すっごい見られてる。
胡坐をかいた上に肘を乗せて、頭から爪先まで見定められてる様にザクザク刺さってくる。怖いんだけど。本当に怖い。早く白石さん戻って来て。ちょっと待っててって部屋を出てったきり戻って来る気配の無さにそろそろ足の痺れも精神的にも限界が来てる。ビリビリ、ザクザク、2つの痛みと戦ってると漸く襖が開いた。


『堪忍、お待たせやな』

『めっちゃ待ちましたけど』

『大丈夫や財前、俺はお前んとこで半刻待った事がある』

『お疲れすわー』


静かに襖を閉じた白石さんはさっきまで着用していた深い青の袴を脱いで白地に薄い紫の和柄の着物で現れた。やばい、格好良い…それ以上に改めて、偉い人なんだって知らしめられる。


『早速、で悪いけど名前ちゃん』

「は、はい」

『話し、してくれるか?』

「……はい」


上座に腰を下ろした白石さんを確認して、感覚の無くなった足をもう一度組み直してから今日の経緯を伝えた。ずっと隠せる事じゃない、信じて貰えるかは分からないけど、アタシは白石さんを信じたかった。


『……………』

『……………』

「あの、すみません…俄か変な話しをしてしまって…」

『や、ええねん。聞いたのはこっちやしな。せやけど未来から…』


平成、確かに聞いた事ないな。
知らなくて当然だけど感慨に耽ってくれる白石さんとは反してあの人と言えば眉に深いシワを刻んで一層鋭い眼をアタシに向けた。


『証拠は』

「え、」

『阿呆な作り話して間者っちゅうのを隠してるんちゃうん?未来から来たっちゅう証拠なんや無いんやろ?』

「………………」

『こら財前、現に名前ちゃんは俺の目の前で空から落ちて来て、珍品な着物を纏ってるんやから』

『そういう策かもしれへんやん』


そりゃ言葉だけで説明したって真実味の無い口演にしか受け取れないかもしれない。だからって証拠と言われても…。アタシの手元には大して何も入ってない鞄しか無いのに。それでもダメ元は承知で鞄をひっくり返してみた。


「…証拠、証拠…」

『、』

『、名前ちゃん!何やこれ!』

「え?」


畳の上に全て広げてみるけど財布、化粧ポーチ、ガム、鏡、筆箱、携帯、手帳、iPod、それくらいしか入って無くて項垂れたのに白石さんは眼を光らせてガムを手に取った。


「それはただのガムなんですけど…」

『がむ、言うんか…何に使うん?』

「使うっていうか口直しに噛む食べ物?です、」

『へぇ…こんなん食べれるんや…』

『……………』

『財前、決定やな?』


白石さんから視線を移すとあの人も瞠若を隠せない、そんな顔で次から次へ手に取って眺めてた。
アタシからすれば見慣れた物で証拠という証拠にはならないと思ったけどこんなに齧り付くなんて拍子抜けっていうか…、兎に角、一先ずは安心して良いって事?


「白石さん、ガム、食べますか?」

『、ええの?』

「そんな高級なものじゃないしお口に合うかは分かりませんけど」

『食べる食べる、名前ちゃんがええなら食べる!』


さっきまでの大人な白石さんは子供に戻ったのかってくらいあどけなく笑ってて、ガムの入ったボトルを開けるとそれだけでまた『おお…!』なんて声を上げるからアタシが笑っちゃいそうになった。今時ガムで感動する人なんか居ないしアタシの方が新鮮で喜悦に思える。


『え、何やめっちゃスーッてすんねんけど!』

「キシリトールだからスーッてします」

『きしりとーる、言うんや、めっちゃ凄いねんな』

「あ、ソレは飲み込まないで下さいね。ある程度噛んだら紙に包んで捨てて下さい」

『何で?勿体ないやん』

「あんまり消化に良くないし、ガムはそういう食べ物なんです」

『へえ…』


何を言ってもただ感心に尽きる、そんな感じで幼さを垣間見せる白石さんだけどあの人は…、


『!!』


iPodを触ってたらしく音が鳴り始めた事に愕然として投げ捨てた。
なけなしのお小遣い貯めて買ったのにそんな乱暴にしたら壊れる、慌て拾ったけど……


「ふっ……あはははっ!」

『名前ちゃん?』

「さっきまで、アタシの事、凄い睨んでたのに…あははっ」

『………………』


あの人の、驚いた様な怖がった様な顔を見るとツボに入っちゃって。あんなでかい態度してこんな小さいモノに怖がるとか、本当ウケる。
きっと堪えなきゃいけなかったんだけど耐えられなくて、全身を揺らしながら爆笑してしまった。だって超可愛いもん。


『笑い過ぎ』

「、」


爆笑するアタシを前に、既に顔を戻したあの人を見ると我に返った。や、やっちゃった系?怒らせた…?


「ご、ごめんなさ…」

『俺んとこ来たらええんちゃう?』

「え、」

『気に入った、言うてんねん』

「え……?」

『こら財前!名前ちゃんと先に出逢ったんは俺やねんで』

『順番とか関係ないし』

『ある、めっちゃあるわ』


名前は俺がええやろ?

名前ちゃんは俺と一緒に居りたいやんな?

右から左から問われる言葉に返事なんか出来なくて、急過ぎる展開に頭を整理するのがいっぱいだった。



(20100416)


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