静かな青の下でアタシの嗚咽だけが響いて、小さな鳥でさえ怪訝を見せるみたく遠退いていくのに白石さんだけはずっと『もう大丈夫や』って何度も頭を撫でてくれた。笑った筈なのにボロボロ落ちる涙は止まんなくて、多分白石さんが優し過ぎるせいだと思った。
『落ち着いた?』
「お、お陰様で…すみません」
『ちゃうちゃう、そこはありがとうに変えよ?』
「……ありがとう、ございます…?」
『可愛いお嬢さん慰めるのは武士として男としての務めや』
めっちゃビックリしたけど、名前ちゃん見た瞬間めっちゃ可愛いって思ったんやで?
それがお世辞でも社交辞令でも何でも、冗談でも嬉しくて気恥ずかしくて、今度こそ声を上げて笑った。
『笑った顔がまた一段と可愛くて俺の心を惑わせるわ…』
「白石さん女慣れしてますよね」
『そんな事無いねんけどなぁ』
「絶対そんな事あります!」
だってこの時代って一夫多妻制が認められてる時でしょ?こんな優しくて格好良くて完璧な人、女の子が放っておく訳が無い。何て言うんだっけ、側室…?そういう人がより取り見取り居るに決まってる。
アタシなんてもう2年くらい彼氏居ないんですけど。
『まぁそれはこれから信じて貰う様頑張るとして、や』
「、」
『とりあえず城に来おへん?話せる事だけでええ、そこで話し聞かせて欲しいねん』
「で、でも、アタシが行っても良いんですか…?」
『あかんかったら言わへん』
「だけど、」
『嫌やったら元より付き合うてへんて。とっくに城に帰ってるわ』
「……………」
そういう人なんじゃないかなって思うのはアタシが悲観的なだけ?
白石さんは優しいから、困ってる人とか見て無視する事が出来ないんじゃないかって。
『んー、俺のんが信用無いみたいやなぁ…』
「そそそんな事、」
『じゃあ来てくれるん?』
「あ、は、い…ご迷惑でなければ…」
『ほな早速行こか!乗って』
「え、」
白石さんが膝を叩いて立ち上がると木の影からは赤褐色の艶めかしい毛並みをした馬がゆっくり近付いて来る。馬、居たの?っていうか今のでちゃんと傍に来るって、利口過ぎない?アタシより賢いんじゃないの…!
『ん』
「、えっと」
『支えといたるから乗って?』
「う、馬に乗るんですか?アタシが…?」
『俺の大切な人に歩け、とは言われへんから』
大切な、人?
ちょっと白石さん、さっきから冗談多過ぎませんか…!2年も男の子から離れてたら免疫無いに等しいし、安易に期待させる言葉を使うのは止めて欲しい…顔が良いだけに心臓に悪い。
『どうや?』
「す、凄いです!高いし、格好良いし、新鮮…!」
『馬は初めてなん?』
「小さい頃ポニーなら乗ったことあるんですけど違いますよね…」
『ぽに…?』
「あ、えっと…子馬っていうか、これより全然小さい馬です」
『ああ、そういう事か』
さっきのは言葉遊びなだけで“話しを聞きたい為の大切な客人”だって、期待を振り切って(客人ていうのもおこがましいけど)、白石さんの手を取って馬に乗ればまた別の世界が開けた気がした。
足に馬の毛が当たるのは擽ったいけどいつもより高い場所から景色が見える、それだけでこんなにも広く感じるとか本当に凄い。
『落馬せんようにちゃんと捕まっててな?』
「はい――、白石さんは乗らないんですか?」
『馬は初めてや言うてるし、ゆっくり行こか思ってん』
「そ、それならアタシも歩きます!」
『ええから。甘えときなさい』
「大丈夫です、歩けます」
『これは命令や』
「、」
『なんてな?』
クックッ、肩を揺らしながら手綱を引き始めて、からかわれたと自覚すると口がへの字に曲がる。命令、とか言われて変に緊張したのに。白石さんて優しいけどちょっと意地悪気質もあるのかな。
あったっとしても「まじ最悪!」なんて友達みたいに突っ込める訳無いけれども?
それより平成から来た上、偉大な武将に馬を引かせるとか本当アタシもどんだけって感じ。アタシの御先祖様なんて畑耕すのに精一杯だろうに…子孫はこんな事しちゃってますよ、そんなくだらない事を浮かべてると馬の足が不意に止まった。
「あれ、」
『………………』
「白石、さん?」
『…コソコソしてへんと出て来たらどうや?』
「え!」
誰か居たんですか?
全く気付かなくて竦然と振り返ると前髪を掻き上げながら黒い馬に乗った、男の人が居た。
『何や、俺等に用でもあるんか?』
『ある、言うたらどないするん?』
一触即発、そんな不穏な空気に自然と血の気が引いてく感覚で。アタシには何も出来ないしどうしたら良いの…?まさか此処で乱闘でも始まったら…!
身動きひとつ取れないまま神様に縋る思いでいたのに、
『ハァ…どうせ書物に厭きて抜け出して来たんやろ財前は』
『ご名答。あんなん見てたら眠くなるだけやし』
『苦労するな』
『お心遣い痛み入ります』
『お前ちゃう!お前んとこの家臣や』
『人ん事言える口すか』
『どうせバレてるんやもん。それに俺は遣る事ちゃんと遣ってるからええの』
不穏な空気、だった筈なのに…
何か和むこの感じは何なの?え、知り合い?っていうか友達?っていうかこの人も超綺麗なんですけど…あー類友ってやつですかー?
もう、心配して損した。白石さんも知り合いならそう言ってくれれば良いのに。
『で、この女は?また引っ掛けて来たん?』
『またってなぁ…俺が尻軽みたいな誤解招く物言い止めてくれへんか』
『ちゃうっけ』
『違いますー』
『っちゅうか何やあの変な格好』
「えと、すみません…」
変な格好も何もただの制服なのに。制服着てるだけで謝らなきゃならない日が来るなんて思ってもみなかった。
『ハハッ、名前ちゃんは謝る必要無いねんで?財前が謝りなさい』
『は?』
「とととんでもないです!気にしてないので、私の事はお構い無く…」
『ほんま優しい女の子で良かったなぁ?それにちょうど良えわ、財前もちょっと付き合うて』
『はぁ』
黒い馬に乗った人、それは白石さんと同じ眉目秀麗な人だったけどとんでもなく目付きが悪くて、アタシはその視線が痛くて痛くて道中ずっとごめんなさいを胸中で繰り返してた。
(20100416)
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