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 h13.



あれから3時間は優に過ぎた。
戦法の話しをされたって意味も分からないのに足の痺れも気にならないのは統一された皆からの緊張感が怖くも敬虔を与えてくれたからで、風で揺れる緑も鳥の声も遮断していたから。


『――…そんな感じで頼むで』


時折、徳川に対しての戦は無謀だという声もあったけど最後には満場一致で白石さんの強い意志に惹かれてるみたいだった。
戦なんて本当ならあって良いものじゃないけど、今だけはこの空気が羨ましいとさえ思える。

既に伝えたい事は伝えた、そんな白石さんが足を崩した時だった。


『包帯、緩んでますよって』


光の言葉に促されて白石さんの左腕へ視線を流すと捲いていた包帯から覗く肌は赤黒く酷い色をして皮膚が爛れていた。乾燥もしないで、見てるこっちが疼いてきそうな傷痕に眉が歪む。
それって、火傷…?


『ああ堪忍。自分等はともかく、名前ちゃんごめんな?厭なもん見せてしもて』

「そ、そんな…大丈夫ですか…?」

『ん。もう何年も前やし痛みは殆ど無いから』

「え、何年も前って、」

『毒手や毒手』

「、毒手?」

『阿呆。ちゃうやろ……って事も無いか…』


白石さんが憂愁な眼でシュルシュルと包帯を解いて、手首から肘まで広がるソレを自嘲気味に笑いながら口を開いた。

一揆討伐を命じられた昔、関係の無い人をも巻き込んで辺り一面に火を付けた。その時炎に包まれた人達が艱苦を訴えながら白石さんに救いを求めて左手を掴んだ、その、跡。


『それが上からの命やとしても俺は恨まれて当然や。今も治らへんであの時のままなんは民の怨念かもしれへんな』


ゆっくり包帯を捲き直す、今も自責を続けてる様な横顔を見ると泣きたくなった。白石さんだけが悪い訳じゃないのに、白石さんだけがその痛みを背負い込んで。それを見る度に何を思ってたの?
人が苦しむ顔を思い出してた?悲鳴も過った?それとも、火を放った自分を憎んでた?


『名前ちゃんは優しいんやな?』

「、」

『そんな顔する必要無いんやで』


何を言ったってアタシの小さな言葉じゃ白石さんに届かない気がして声が出なかったのに。何で綺麗な肌の右手でアタシの頭を撫でるの。優しいのは、白石さんの方なのに。

ごめんなさい、胸中でだけ謝ってるとポチャン、と水音が聞こえた。


『、悪い財前、』


水音に誘われる様に視界を移すと光のお茶には白石さんが捲いていた包帯が浸かってた。


『新しいのと取り替え――……』


皮膚の爛れが包帯にも侵食したみたく赤く黒く色を帯びて、ソレがお茶に浸かったのを周りは怪訝を見せたのに光は……、


『何ですかそんな変な顔して』

『財、前』

『別に包帯くらい何とも無いすわ』

『……………』


光は、一気にお茶を飲み干した。
悪く言えばどうでも良く興味が無い、そんな感じだけどアタシにはそうは見えなくて。


『財前、有難う…』

『意味が分からへん』

『うん…せやな』

『ほな、そろそろ帰りますわ』

『気を付けてな』


ただ、感銘だった。
光が白石さんを思う気持ちが形として現れた気がして、白石さんも柔らかく笑って、2人の間に存在する情感が太陽みたいに眩しいって。
だからアタシは、心の底から安堵してたんだ。光は白石さんを裏切らないって。絶対大丈夫だって……


「光、何してんの?」


その夜、アタシは言う迄もなく浮き足立って上機嫌で、縁側に座る光の肩をポンポンと叩いた。
今日白石さんに逢えて良かったなぁなんて思ってると胡坐をかいた上で覚えのある短刀を眺めてるのが見えて。
あれは白石さんから貰った懐刀、だったよね?やっぱり光は白石さんの事ちゃんと考えてんじゃん。
緩む顔がもっとだらしくなりそうだった、のに、


『名前は知ってたんやろ?』

「え?何が?」

『俺が東軍に付くこと』

「―――――――」


今、何て言った…?
東軍に、付く…?


『分かってて、黙ってたんやろ?』

「……………」

『俺はこの懐刀であの人の首を切る』


自分の刀で死んで貰うんや

月明かりで刃先を光らせたその眼は本気を物語ってた。曇ることなく星をちりばめる空はどんな空模様より歪んで見えて、光の心が雲を吸い込んでるとさえ思えて。


『俺があの人の首を徳川に捧げる』


どうして……。



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史実では茶会が行われたとき三成が、らい病を患っていた吉継の膿が落ちたお茶を飲み干したらしいです。回し飲みしていたお茶に周り余名は躊躇ったけど三成は躊躇わず、ということであまりの格好良さに感動して、少し変えましたがお話しに入れてみました。

(20100507)


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