夢の中でも光に逢いたい。
強く願えば叶うものだって言うけどそんなに便利でもなくて、何でだかアタシは学校のグラウンドでひたすらママに擽られる夢を見た。どんな夢なの本当に。別に擽って欲しい願望なんか全くこれっぽっちも無いのにふざけないでよね、耐えきれなくなって瞼を持ち上げた。
「………近くない?」
『普通やろ』
「絶対近いし今から悪いお殿様に襲われちゃいますみたいな」
『起きて早々寝言喋るな』
眼を開けたら途端に光でいっぱいになる視界は驚いたけど安心感でいっぱいで、冷静な頭は冗談まで口に出来た。だけど本当はそれすら願望だったりするのに寝言って。大体光ってば毎日一緒に寝てるのにアタシに興味無いの?悲観的な気持ちすら生まれる。実際そういう事になったらなったでこんな平静は無くなって頭真っ白になるのがアタシなのに都合良すぎる思考回路に自分で呆れるって。
「っていうか何持ってるの?」
『知らへん』
「知らへんって…、マスカラ?何でマスカラなんか」
『名前がいつまで立っても起きひんからや』
「え?」
鏡を渡されてソレを見ると起きたばっかりだとは思えないくっきりした目鼻立ちをした自分。
素っぴんで居るより幾分大きく見える眼は少し大人っぽさを匂わせて睫毛だって綺麗に上向いてカールしてる。まさか光がやってくれたって、わけ…?
『ほんま顔変わり過ぎ』
「ひ、光が化粧してくれたの?」
『毎朝見てたら覚えるし』
「えー…アタシより上手くて逆に引く!」
『黙れ』
「明日からもやって欲しいなぁ?」
『無理。阿呆ばっか言うてないで行くで』
「へ、行くって何処に、」
まだ布団から出て5分も経ってないのにグイグイと腕を引っ張られて部屋を出れば隣の部屋に放り込まれて2人の下女の人に少し大人しい着物へと着替えさせられる。
なに、何が始まるの?
目的も分からないまま着替えが終わると今度は外へ出て馬に乗せられ、光が後ろに座ると包みを渡された。
「なに、」
『朝餉が済んでへんのやから食べとけ』
「、ありがとう」
中を開けると形の整ったお握りが2つ。
行き先が分からなくともアタシを置いて行かないし、慣れない馬での遠乗りで疲れてるのを見越してギリギリまで寝かせてくれることも、お握りだって全部が光の優しさ。毎日見える一面が、アタシには堪らなく愛しくて今日も朝から好きって伝えたくなる。
『余談やけどソレ俺が作ったんやで』
「うん?」
『俺が握った言うてんねん』
「、光がアタシの為に?」
『残したら振り落としたるからな』
ぶっきらぼうな態度してるくせに本人がお米を握ってくれるとか。なにそれ想像したら笑えちゃうんですけど。笑っちゃうくらい面白いけど、でもそれ以上にお米一粒一粒でさえ愛くるしい。
「光好き」
『知っとる』
「本当に?ちゃんと分かってる?」
『分かっとる分かっとる』
「じゃあ良いです」
『なんやそれ』
面倒臭い女、やっぱり口は悪いけどお握りはまだほんのり暖かくてめちゃくちゃ美味しかった。
終始締まらない顔でお握りを食べて、もしこれで光と向き合ってたならまた厭な顔されるんだろうなぁなんて笑いを我慢してると暫くして馬は足を止める。
「、向かってた場所って此処?」
『せや』
何処に、とは思ってたけどまさかこんな廃屋みたいな場所だとは。周りは木と草が自由に生い茂って家屋まで飲み込んでしまいそうな風景で。これから何が起きるんだろうって、妙な緊張感と圧迫感を背負って光の背中を追った。
『お、来たんか財前』
『昨日帰ったばっかでほんま怠いんやけど』
『まぁしゃーないやろ』
躊躇いもなく中へ入ってく光の向こうでハハハッと爽やかな笑い声が聞こえて、それが白石さんだと理解するのは安易だった。
白石さんに逢う為にこんなところまで?
『あ、名前ちゃんも俺に逢いに来てくれたん?』
「あ、えっと、」
『なんや財前、言うてへんかったん?名前ちゃんが俺ん為に来てくれたんやと思ったのに』
『そういうん自惚れっちゅうん知ってます?』
『ほんま財前は可愛くないなぁ』
白石さんの城を立ったのはついこの間なのに何でだか凄く懐かしい気がして、アタシと光と白石さん、この3人で顔を合わせられたことが嬉しくて。
『ほな、顔も揃ったし本題に入ろか』
だけど嬉々だと感じたのも束の間で良く見れば白石さんの奥にはもう3人、初めて見る男の人が白石さんの一言で顔付きが一変する。
『俺は秀吉様の意志を継ぎたい。せやから対徳川の戦で力を貸して欲しいねん』
それは俗に言う関ケ原の戦いをしているんだと思う。だとすれば此処に集まってるのは西軍の武将達で、これは戦会議ってこと…?
そこに光が居るなら、未来は変わるんじゃないかって。
居住まいを正した上に作った拳をぎゅっと握って白石の希望と、光の目指す道がありますように、祈りながら声を聞いた。
(100507)
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