「うわ……」
あれからもう1日走って、翌日の夕暮れには光の住まい、岡山城に着いた。こんなところで光は暮らしてたんだって、大きさにも驚いたけど城下だって白石さんが言ってた通り一揆の話しなんて嘘みたいに意気揚々とした生活感に溢れる場所で、光とはイメージの違う活気があるのが笑えるっていうか、微笑ましかった。
だけど城に帰れば光だって一国の主な訳で漆黒の着物を纏う姿はもう……日本を代表する皇子みたいだった。
『なんやねんその顔』
「えっと…」
『何』
「す、素敵、です…」
『はぁ?』
「だ、だから、着物、格好良いです…」
『慣れへん口調で何赤なってんねん』
「あだっ」
ピンとデコピンされておでこが痛かったけど光は背筋をピンと伸ばして凛としてて、慣れない丁寧語を使いたくなるくらい綺麗だったんだもん。
「痛いじゃん!」
『あほ』
「………………」
でも、そのあほって言葉は照れ隠しに聞こえて。アタシの方が照れ臭くなった。
『ほな聞くけどあの男とどっちが?』
「、あの男って?」
『あの男はあの男や』
「…何の話しだかさっぱり」
『もうええ』
「ちょっと待ってよ、気になるんだけど!」
結局、光はそれ以上何も言ってくれなくてうっさいうっさいなんて口をへの字に曲げながら溜め込んでた執務に取り掛かった。
煩いって言われたってあの男って気になるんだもん。光とアタシが共通で知ってる人だとか白石さんくらいしか居ないし。だからって光は白石さんをあの男とか、言わないじゃんね…?
光が自分と比べる相手を知りたかったのに幾ら考えてもアタシの小さい脳ミソでは思い当たる男の人なんて浮かばなかった。
「うーん…」
数時間頭を捻っても出て来ない答えは謎のままで、だけど今はそんな謎解きより隣に光が居ない事が寂しくて寂しくて仕方ない。
此処に来る迄は自分の部屋で、当然1人で寝てたのに今は夜を迎えて布団に入っても眠れない。お城に戻ってまで光と同じ部屋、なんておこがましいかもしれないけど光と一緒が良い。
昨日も一昨日だって手を繋いでくれてた、あの温もりが無いと寝られないとか子供染みてるにも程がある。でも子供でも良いから光に会いたくて、アタシは枕を抱いて光の部屋を目指した。
「、…………」
ノックすれば返事してくれる?
鬱陶しいって笑ったりしない?
面倒臭いって追い出さない?
妙に感傷的な思考を巡らせて左手を上げたままノックするのに躊躇ってると、
『入るんならさっさと入れや』
「、ひかる」
『そこに立っておきたいならずっとそうしとけば良えけど』
「や、やだ!入る!」
まさか光から襖を開けてくれるとは思わなくて。アタシが来るって分かってたの?
『独りで一晩も明かせへんとか大概やな』
「ご、ごめん…」
『否定せえへんの?』
「自分でも恥ずかしながらそうだと思うから」
『ククッ、せやから阿呆やねん』
愉快に笑いながらアタシが持って来た枕を自分の隣に置いてくれる。口では馬鹿にしてるけど優しいんだよね、光って。
『せやけど布団は一組しか無いけど?』
「う、うん」
『あー大人になったから大丈夫なんやっけ?』
「一々揚げ足取るような事言わないでよ…」
『はいはい。あの音が出るやつは?』
「iPodのこと?」
『それ』
iPodを渡して同じ布団の中、右と左イヤホンと手が繋がって心も身体も暖かい。他にも音楽は入れてあるのに繰り返しあの歌ばっかり流れて。
「ねぇ光?」
『ん』
「“哀愁を知る”って、失恋てこと、だよね?」
『別にそうとは限らんのちゃう?』
「そうなの?」
『せやから子供や言うねん』
「また馬鹿にする!あ、」
『今度は何や』
単純にフラれるから哀しい、そういう事だと思ったけど違うって?意味深な言葉に頭を悩ませてると漸く気付いた。“あの男”が誰なのか。
「光は、この人よりイケメンだよ」
『いけめ……』
「勿論歌は好きだけどこの人よりすっごく素敵だって言ってんの!天秤に乗せてたのってこの人でしょ?」
『……もうええって言うたやろその話し』
「だってやっと分かったのにー」
『うっさいとっとと寝ろ』
プイッと首を逆に捻って顔を見せてくれなかったけど、繋がってた手はぎゅうと力が込められて、やっぱり光が傍に居ないと眠れないんだって実感した。
初めての同じ布団、これを知っちゃうともう絶対1人じゃ瞼を落とせない。
(20100501)
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