贅沢は言えないけど今日も1日馬に乗ってなきゃいけないんだ、そう思うと早くもお尻が痛くなった気分だった。昨日は普段乗れないだけあって新鮮だったけどこうも立て続けで長時間ともなると…車の無いこの時代の人は凄いなぁって。
『なぁ、』
「うん?」
『名前の時代ってどうなん?』
馬を走らせるなり光は呟く様に聞いてきた。結局アタシ、光に自分の事あんまり話してなかったんだっけ。
「えっと、学校てとこ行って勉強したり仕事してお金稼いだり、便利な物も多くて平和、かなぁ」
『戦も無いん?』
「無い無い、そんなの無いよ!」
『フーン』
「だから、初めて歴史を勉強した時は驚いたかな…」
『俺等ん事を知っとるって?』
「知ってるよ有名だもん」
『へぇ、せやったら白石さんと徳川が戦になるんも知っとる訳や?』
あ、マズい。墓穴掘った。
関ケ原の事を言ったら東軍が勝つ事も光が寝返る事も口にしなきゃいけなくなる。そんなの言えない…、光が裏切るんだなんて、言えない。
「戦があったのは知ってるけど…詳しい文献は無かったみたいで、良く分かんないけど…」
『……………』
こんな適当にはぐらかしたって光には通じない気がする。光には全部、見透かされるって自分が思ってたくせに。
だけど、
『家族とは一緒に居るんやったな?』
「え、あ、うん」
『……良え時代になったんや』
「……………」
光は納得してくれたのか、それ以上アタシに問うことはなかった。
馬に乗って、向き合う姿勢じゃなかったのが良かったのかな…多分、顔を見られてたら嘘は吐けなかったと思うから。
初めての嘘が、こんなに重いなんて。
『ほな休憩するで』
「賛成ーっ!お腹空いたし疲れたし…」
『馬に乗ってるだけなくせによう言うわ』
「う、うるさいな…」
『さっさと食うて出立するで』
「分かってるよ」
数時間走って馬を降りてぐっと伸びると解放感に溢れて身体が喜んでる感じ。今がお昼くらいだとするとまだ半日はこれが続くんだ。長い、長過ぎる。こんな距離を光は来たんだ、どんだけ暇なの。
でも待って、直ぐに帰らなきゃならないくらい忙しいみたいだし…白石さんを慕ってなかったらわざわざ数分の為に馬に乗って来ないんじゃない、の…?
もしかして、光は裏切らないんじゃない?そうだよ、今の時代に残る文献に間違いがあるんだ。時々テレビでもやってるもん、新しく解明された情報だとか何とか。絶対そうに決まってる。光が白石さんと敵対するようには見えな――、
『何やねん今帰っとるって見れば分かるやろ』
「、」
茶屋に寄って、自問自答してる間に出された団子を頬張ろうとすると黒い忍装束を纏った男が光に向けて片膝を立てた。音も立てず不意に現れる姿は此処に来たばっかりの事を思い出させて、あの時とは人も境遇も違うのに自然と警戒心が煽られる。
『一部で一揆が発生しました』
『そんなん今に始まった事ちゃうやろ』
『では、』
『全部殺せば良い』
『承知』
殺せば、良い?光が言ったの?
「……………」
『戦の無い世情で生きて来たから分からへんって?』
「、」
『反乱が起きたら相応の対処を施す、それがこの時代の様や』
「う、ん……」
『流れに逆らう、そんな無意味で面倒な事せえへんかったら良えのに』
「ひかる…?」
『阿呆ばっかりやわ』
怖い、と思うより他人事の様に興味が無い顔をする光を見るのが切なくなった。全てどうでも良い、そんな顔しないで。
流れに逆らうことは無意味、
だから、白石さんを裏切るの…?
信じたいのに揺らぐ心は甘い団子を塩っぱくした。
(20100427)
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