「い、痛い…」
馬に乗ってどれだけ走ったかな。距離なんて分かんないけどぶっ続けで走って走って、太陽がオレンジに変わった頃やっと地に足を着ける事が出来た。お陰でお尻も腰も足も身体中が痛い。
『貧弱な身体やな』
「だ、だって、普段馬なんか乗らないもん…!」
『どうでも良えけど早よ中入って』
今晩は此処に泊まると、隠れ家みたいな宿屋に入ると『財前様、食事の準備は整っています』だとか。顔見知りな辺りいつも利用してるのは眼に見えて、白石さんの口振りも合わすとどれだけお城から抜け出してるのって。
戦国なのにそんな平和で良い、訳?
『何やその顔』
「別に」
『………………』
「、いった!!ちょっと何でつねるの!」
『蝿が止まっとったもんやからつい』
「絶対嘘!」
この暴力的なとこはこの時代ならではってやつかもしんない。
頬っぺたを擦りながら光の後を付いて部屋へ行くとそこには既にご飯が並べられてた。
『さっさと食うてさっさと寝るで』
「、もう寝るの?」
『明朝、陽が昇ったら直ぐに発つ』
「陽が昇ったらって、超早いじゃん…!」
『……ちょ?』
「かなりってこと、物凄く、とか」
『変な言葉使うな阿呆』
超とか別に変な言葉じゃないし!況してや英語でもあるまいし漢字だってば。
反論したいのを飲み込んで、此処へ来て初めてのご飯に手を付けた。
「…、美味しい」
『名前が居る時代も似たような夕餉なん?』
「うーんちょっと違うかな」
『どう違うって?』
「ハンバーグとか好きだしグラタンも好きだし」
『はんばーぐ…ぐらたん…聞いた事ないわ』
「アハハ、だよねママが作るハンバーグは美味し――、」
そうだ。忘れてたけど、ママは今、どうしてるの…?パパは?
アタシの事気にして何も手付かなくなったり、してない…?
今何してるの?
「……………」
『今度は黙りで何やねん』
「、何でもない」
『言え』
「だから何でも無いって――……」
そっと頬っぺたを撫でられると一粒、零れ落ちる。
光が急に優しくするから、我慢出来ないじゃん。
「ママ…アタシの両親は、どうしてるかなって、」
『……………』
「何も言わないで、突然此処に来たから、大丈夫かなって…」
アタシが不安なのは知らない時代だからだけじゃない。当たり前に存在してたパパとママの優しさが無いから、アタシを心配する顔が、嫌だから。
もう会えないのかって思うと…もっとアタシも優しくしてあげたら良かったとか、もっともっと話しをしておけば良かったとか、後悔だけが生まれる。
本当にもう会えないの…?
『俺は此処に居る』
「、え?」
『名前の両親ん事は分からへんし俺は何も知らへんけど』
「ひかる…?」
『1人にはさせへんから』
死ぬまで俺が一緒に居る
光の言葉は、何だか自分がパパとママの代わりをするって言ってるみたいに聞こえたけど純粋に嬉しかった。頬っぺたに感じる光の暖かさが、光に着いて来て良かったって思える。
『俺がここまで言うてんねんから泣くな』
「アハハ、何それ、光で我慢しろってこと?」
『せや。女の慰め方なんやコレしか知らへん』
「え――」
頬っぺたを撫でた手はいつの間にか後頭部に回って、途端触れた口唇に箸が転がる音がした。
眼に映るのは瞼を落として長い睫毛の影を作る、光だけ。
『あ、阿呆面に戻った』
「――、ちょ、な、何今の…」
『何って。接吻やろ』
せ、せ、接吻…!何か言い方やらしい…!
っていうか逢ったばっかの女に手出すって光が厭らしさの塊で出来てるんじゃ…それにもっと照れるとか何かしてよ、そんな普通な顔で何も無かったみたいな。
なんなの、色恋沙汰は慣れてますって?
『あー、足りひん?もう1回?』
「そ、そそんな事言ってないから!!」
『フーン。まぁええけど』
「っていうか、何で…」
『は?何でって名前が泣いたからやろ』
「な、泣けば誰にでもするの…?」
『―――、名前チャンだけや。これで満足?』
「、馬鹿光っ!!」
得意気に笑ってアタシを馬鹿にして、本当ムカつく。
だけど嫌じゃなくて、もう一度しても良いって思うのは……そういう意味として光を好きだってことなのかな。
(20100421)
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