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『名前ちゃんはどっちが良えの?』

『ハッキリ言うたらなこの人は分からへんで』

「え、えっと…、」


左手は白石さんにがっちり包まれて、右手はあの人の人差し指になぞられる。生きるか死ぬかの狭間だったのに何でこんな急にハーレムな展開に?
アタシが珍しいから、それだけの理由だとは分かってても錯覚しそうになる、アタシが必要なんだって。


『名前、俺が面倒見たる』

「――――――」


右手から、流れる様に頬まで上がって来たあの人の手に包まれると、控え目の体温と慈しむ様に視線を向けてくれる。その手を、信じたくなった。


「本当に、良いんですか…?」

『俺が嘘言う様な男に見えるって?』

「見えない、とは言えない、かもしれないです…」

『ククッ、ほんま最高やな』


普通なら否定しなきゃいけないとこだけど何でだか、この人の前では馬鹿正直になっちゃう。素直でなきゃいけないっていうか、それより嘘を吐けない。吐いたところで見透かされる気も、する。


『名前ちゃんが決めたならしゃーないけど財前かぁ…』

「あ、白石さんごめんなさい…」

『残念すわー』


包まれた手がパッと離されて拗ねた様に口を尖らせる白石さんに本当に申し訳無くて。だけど何でアタシは白石さんじゃなくこの人を選んだのかなって、自分でも不思議だった。
どちらにしても会話の数も出逢ってからの時間も僅かなものだけど確実にアタシは白石さんの方が、心を開けてた。身内みたいな暖かさを感じてた。だけど……


『ほな帰るで』

「え、」

『国に帰る言うてんねん』

『気早いで財前、一晩くらいゆっくりしたらええのに』

『俺も忙しいんすわ』

『抜け出した本人の台詞とは思えへんな』


撒き散らしたアタシの荷物をせっせと鞄に詰めてくあの人は本当に急いでる様で、急過ぎる出立に動揺が隠せない。今白石さんのお城に着いたばっかりなのに。


『名前ちゃん、もうお別れなんは寂しいし俺を選んでくれへんかったんは不満や』

「ごめん、なさい」

『せやから、会いに行くから俺ん事忘れたらあかんよ?』

「……………」

『絶対行くし、困った事があれば文をくれたら力んなるから』


名前ちゃんは俺を忘れん事、それだけは約束や

もう一度左手をぎゅうっと包まれて尖らせた口を柔らかく孤を描いて見せてくれた。ソレを見るとやっぱり白石さんの傍に居れば良かった、少し後悔が生まれる。お節介と言われてしまいそうなくらいの優しさがアタシには勿体ない。


『お別れも済んだ事やし行くでって』

「あ、はい」

『財前、名前ちゃん苛めたらあかんで』

『うっさいすわ。それよりアレ貰って良え?』

『アレって、懐刀んこと?別に良えけど…どないしたんや?』

『…何となく、理由なんや無いって』


アタシの手を包む白石さんの手を跳ね除けられて名残惜しく感じてると、部屋の隅に置かれたナイフサイズの刀を手にしたあの人は小さく笑う。アタシにはそれが静寂で蕭々としてる様に見えて…何でだろう、って。


『おおきに』

「あ、アタシも、色々有難うございました!」

『うん、またな』


刀なんてとんでもない物、欲しがる理由も寂しそうな横顔の理由も分からない。だけど一瞬見せた顔を直ぐに戻して謝意を伝えてたからアタシも変に問う事はしないで、頭を下げて部屋を出た。多分だけど、理由は聞いたら駄目なんだと思う…根拠はなくとも第六感はきっと外れてない。


「あの、こんなに早く出かけなきゃいけないんですか…?」

『俺の城まで4日は掛かる』

「え、4日…!近所に遊び来ましたくらいの口振りだったのに…」

『近所やろ、まだ近いもんや』

「遠いですよ…それなら尚更白石さんに甘えて1日くらいゆっくりすれば良かったのに…」


もっとちゃんとお礼を言いたかった。アタシを信じてくれ事も、アタシに親切をくれた事も全部。有難う一言じゃ済まされないくらい良くして貰ったんだもん。


『…光』

「え?」

『光や言うてんねん』

「、な、何が、」

『白石白石言うてないで俺の名前頭に入れとけっちゅう話し』


長い廊下を歩く足を止めたと思うと振り返っておでこを人差し指でずいずい押してくる。最後に思い切り押されて首が後ろに反ると、


『俺んとこ来るって決めたんやからあれ以上あの人に良い顔する必要無いやろ阿呆』


予想外な言葉が降って来て。
何、これってまさか嫉妬…?そんな訳、ないじゃんね…?


「あ、あの、」

『財前光や言うとるやろ、お前の耳も頭も飾りかっちゅうねん』

「ごめんなさ、痛っ、痛いです!」

『分かったんなら足も動かせや阿呆』

「は、はい」


暴言合わせてぎゅうぎゅう頬っぺたをつねられて、嫉妬な訳が無いって拗ねたくなったけど『勝手に俺から離れる事は許さへんから』って…これだから、アタシはこの人を信じたくなったんだ。冷たさの裏にちゃんと存在してる優しさをもっと知りたいと思ったから。


「財前光さん!」

『は?』

「これから宜しくお願いします!」

『……あほ』


最初に感じた怖さはもう微塵も無い、この時代に居る間はこの人に付いて行こう、そう思って深々に頭を下げた、けど、

“財前光”

口にして気が付いた。
確か彼は、白石さんを裏切る男だったって。



(20100419)


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