蔵の言う、懐刀の意味が本当にそうであれば良い。そう祈る事しか出来ないアタシは蔵の手を握るだけで精一杯で、声は一言も出なかった。
きっと大丈夫。
だけど…。
その2つの気持ちを顕にするみたく月が陰っては顔を出して部屋とアタシと蔵を照らしては切ない思いが込み上げて。雲なんか存在しなければ良いのにって、自然さえ否定したくなった。
(カシャー)
「、」
『あ、ごめん起こしてしもた?』
明らかに不自然な機械音で気が付くと、アタシはまたいつの間にか眠ってたらしい。何かアタシ、ここに来てから蔵をちゃんと寝かせられてないんじゃ…今だって夜握った手はそのままで、自由な左手で携帯を持ってる。
蔵はアタシの為に考えて行動をしてくれるのにアタシは蔵に何も出来ない。未来を教えてあげる事も、何も………、
「って、ちょっと待った」
『うん?』
「何で携帯持ってんの?今絶対カメラの音したじゃんね?」
『名前ちゃんの寝顔は俺の癒しやからな』
「も、もう!止めてよ寝顔とか!恥ずかしいんだから削除して削除!」
『幾ら名前ちゃんのお願いやとしてもそれは聞かれへんな…一枚一枚が俺の宝物やねん』
「……………」
こんな歯の浮く台詞をどうやったら真顔のまま言えるの…やっぱ蔵の思考回路は特殊っていうか、凄いの一言に尽きる。
お陰で恥ずかしいのに、それが無きゃ寂しいって思っちゃいそうじゃん…。
『なぁ見てみる?携帯借りてから俺めっちゃ撮ったんやで』
「撮ったって何を―――……、」
『ひい、ふう、みい……もう軽く三十は越えてんなぁ』
画像フォルダにはいっぱいアタシの顔が写ってて。蔵と一緒に写ってるのはあってもどれを見たって自分、自分。アタシが寝てる時、散歩してる時、ご飯食べてる時、盗撮とも変わらないその写真に羞恥心が溢れてくる。
だって、だって、何処に自分の写真で埋まった携帯を持ってる人が居るって言うの…!アタシはそんなナルシストじゃないし素の自分を見て笑えるほど神経図太い訳でもないってば!
「もう本っ当止めてよ…!!趣味悪い、全部消して!」
『あかん言うてるやろ?俺は嬉しいねんで?』
「嬉しいって、」
『これ全部、俺の眼に映る名前ちゃんの一瞬や。それが頭だけやなく形として残るなんや…幸せな事やろ?』
「―――――」
『これも、あれも、それも、俺にとっては全てが記念になるくらい好きな顔やねん。こんな風に、名前ちゃんが俺に色んな顔を見せてくれる事、生涯何にも変えられへん宝物や』
蔵は、優し過ぎるのが欠点だと思う。アタシを歓ばせたって蔵の利点なんか無いよ?
これから天下を取るって言ってるのに、もっと無情でいてよ、自分の為に。他人を1番に考えないで。
『名前ちゃん?』
「、ごめん」
『やっぱりまだ、調子悪いん?』
「ちが、そうじゃなくて」
『うん?』
「どうして、そんなに優しいのかなって…」
優しいからアタシを信じてくれて、あの人を信じて、自分の未来を信じてる。それが滑稽だなんて微塵にも思わないけど、史実通りになってしまったなら神様は酷過ぎるから。善良でしかない人が報われない未来なんて、要らないのに。
『優しいって言うより、俺の我儘と自己満足やで?』
「、え?」
『好きな人と一緒に過ごして、俺の想いを言葉に変えて伝えるやろ?それで彼女が嬉々に感じてくれたら良えなっちゅう独り善がりな我儘や。俺が、名前ちゃんの生活も世界も彩って、名前ちゃんに最高やって言わせたいねん』
「……………」
俺の憂鬱な世界を吹き飛ばしてくれたのも名前ちゃんやから。
蔵の言葉はずっしり心に乗っかって、こんなにも暖かい風をくれる。もうとっくにアタシは最高だって思ってるのに泣きたいのを堪えるだけで何も言えなくて、毎日毎日絶えず優しさをくれるこの人が、彩りを繋げる先に居てくれたら良いのに、願わずには居られなかった。
ずっと、この時間が続いて欲しいって。
(20100511)
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