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 k10.



ごめん、今日は帰ろか。

振り返って微笑んだ蔵はコバルトブルーの手拭いで赤く濡れた刃を拭いて鞘へ収めた。


「ハァ………」


昨日より少しだけ陰った月を見上げては溜息ばっかり溢れてくる。昨日は勝手な寂しさに泣きたくなったけど今日は違う。昼間の赤い色が忘れられなくて、この世界の儚さを無情に思うだけだった。

そりゃ、今の時代にだって事件はあるし現場を目の当たりにしなくたってニュースは絶えない。だけど…禄で雇われて人を殺して殺されて、その先に待ってるのって何?何が残るの?
生きる為にお金が必要なのはいつでも同じ、それでもお金さえあれば生きていける訳じゃない。


「、蔵…?」


また庭に出ようと部屋の襖を開けるとユラユラ歩いていく蔵の背中が見えて。城に戻ってから会えなかったのも余計心配で後を追い掛けた。


「…………」


行き着いた先は広い庭じゃなくて城の裏側、荷物だとかが並べられた狭い場所だった。

何か、取りに来たのかな。声を掛けようと思ったけど、赤が黒ずんだ手拭いを置いて両手を合わせる横顔を見たら出来なかった。
あれって、昼間の…だよね…?


『名前ちゃん』

「あ、」

『隠れてへんとおいで』

「気付いてたの…?」

『これでも武士やしなぁ』


このまま部屋に戻ろうと思ったのに蔵の勘は鋭くて。遠慮がちに近付くと眉を下げながらもアタシに笑って見せた。


『俺が、殺してしもたのに』



意味無いやんなぁ…。

苦笑する眼は哀愁いっぱいに揺れてじっと手拭いを見つめてた。
この人は、誰かが傷付く度にこんな顔してたの?全部を自責に変えてたった独りで自分を責めて来たの?遣るか遣られるか、極端な世界で生きてるからこそ人に優しくなれるの?


「意味無いなんて、ない」

『慰めてくれてるん?有難う』

「無理して笑わなくて良いから…」


独りで全部背負わないで。アタシの前だからって、強がらないで。
アタシに全部ぶつけたら良い、そう込めて抱き締めたのに蔵はアタシの腕から逃げるみたいにすり抜ける。


「蔵、」

『名前ちゃんが居ってくれて良かった。せやけど、俺は汚れてるからあかんよ』

「汚れてない!」

『名前ちゃん、』

「洗えば落ちる、もん…!」


手拭いを拾って傍にあった井戸から水を掛ける。ゴシゴシ擦って、綺麗に落ちろって。蔵が泣かないで良い様に綺麗に落ちてって。
お願いだから、早く…


『名前ちゃん、もう良えから!』

「何も良くないよ…蔵が良くてもアタシが良くない!」

『なんで、』

「蔵はアタシに優しくしてくれたじゃん…皆にだって優しいじゃん…なのに汚れてるなんか言わないで…」

『……………』

「お城に来た時も今日も、城下はあんまり見れなかったけど声はちゃんと聞こえたもん、蔵が作った優しい町だって聞こえたもん!」


だからね、その心があれば十分でしょ?
蔵は誰かを殺めてもちゃんと形にして残してるものがあるから。


『せやけど俺は、』

「じゃあアタシが蔵の罪も背負う!」

『え?』

「この手拭い、ずっと持っておくから…」


アタシが支えてあげたい。蔵が抱え込む罪と暗闇を。蔵が、傷付かないで良いように。


『……まいった、なぁ』

「、え?」

『名前ちゃんに心底惚れてしもたみたいや』

「、そんなのアタ―――、」


アタシだって好き、
何で言わせてくれないの。
アタシの口に手を宛行う理由は分からないけど、それでも蔵は幸せに笑ってアタシを抱き締めた。



(20100427)


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