flap away | ナノ


 


 05.



有難う、その一言だけで俺の顔は緩みに緩んで、せやけど緩むっちゅうより綻ぶのが合ってるかもしれへん。嬉しかったんやたった一言だけでも会話が出来たこと。俺を見て、俺の名前を呼んでくれたこと。白石やないけど、名前をもっと知りたいって思った。


「……………」

『何や謙也、人の顔ジロジロ見て』

「別に、機嫌良さそうやなぁて思っただけ」

『うんめっちゃ機嫌ええで』

「へー」

『聞いといて反応薄いな』

「聞いた訳ちゃうし」


昼休みが終わって、午後の授業で白石はずっと窓の向こうと名前を交互に見つめてた。機嫌がええっちゅうか上の空で心ここにあらず、そんな感じやったのに部活始まった途端これや。音符でも飛ばしてそうなくらい浮かれ気分でなんやねんっちゅう話し。


『謙也は俺が幸せなん僻んでるんやなぁ』

「は?」

『俺にええ事あったから羨ましいんやろ?』

「、ええ事て…」

『そら秘密』

「…はいはい」


秘密って。男が嬉しそうに秘密ー言うたって可愛ないねん!まぁそんな余計な事は言わへんけど。どうせ名前絡みなんやろ?別にええけど、少しだけ、何があったんか気になる。白石と名前が上手くいきそうなんやったら頑張れの一言くらい言うたるのに。
俺が気になるのは、多分そういう意味やなくてライクの方やと思うから。


『んー、気になるん?』

「ええって。どうせ言わへんのやろ」

『謙也が明日からもう1時間早く朝練始めるっちゅうなら俺の口も滑るかもしれへんで?』

「1時間て!俺に6時に学校来い言うんか!冬なんか6時でも真っ暗やねんで!ごっっつ寒いねんで!」

『努力は惜しむもんちゃうからなぁ』

「あー付き合うてられへん!水飲みに行って来る!」

『サボりはあかんでー』

「水飲むだけや!」


ほんま無茶苦茶な事言いよって。今の白石は常識が無くなっとるわ俺に5時に起きろっちゅうんか。せやけど非常識、て訳でも無いねんな…白石が6時から7時前までロードしてるん知ってるし。そう思たら俺は努力不足なんやろなぁって、改めて白石が凄いなって思った。


「、」

『あ、』


俺もせめて6時半から20分くらいだけでも筋トレかロードかしよか、せやけどちゃんと起きれるやろか、ウダウダ考えて水道の方へ行くと桜の下で寒そうにテニスコートを見てる名前が居てた。マフラー捲いて、手袋して、それでも鼻を真っ赤にさせて。

そんな思いしてもここに居るって、前髪の奥はやっぱり白石を見てるん?


「白石、格好良え?」

『あ、うん…』

「男から見てもアイツは格好良えもんな」

『……………』


簡単な相槌は返ってきても会話は続かへん、か。名前に対してもテニスに対しても俺は努力不足なんやろか。でも面白い話題を探すけどそういう時に限って見付からへんくて、白石は名前に何を話してるんやろう、疑問が浮かぶ。


「…そろそろ暗くなるし、日が暮れる前に帰りや?ほな」


適当に水を飲んで白石にどやされる前にテニスコートへ帰ろうと身体を反転させると、


『、忍足君も、頑張ってね…』

「え?」

『じゃ、じゃあ、帰ります…!』

「ちょ、」


ちょう待って、その言葉も聞かんと勢い良く走ってく背中を見ると呆気に取られた。や、アイツ走るん速ない…?


「…………はっ、」


せやけど思わず吹き出して引き笑いしてしもたんは鼻と、それから頬っぺたが赤くなったんが見えたからや。

忍足君も頑張ってね

またひとつ、名前からの声で嬉々な気持ちになれた俺。
明日は何を話せるんか楽しみんなった。


(20100210)


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