honest love | ナノ


 


 05.



壁1枚の距離、
それが遠くて、


honest love
series.5 さよならの前日


『もういい蔵なんか』

『堪忍、ごめんて名前ちゃん…そういうつもりちゃうかってん…』

『知らない』

「………………」


コンビニのノエルを挟んで、腕を組んで外方向くあの人と両手合わせてひたすら謝り続ける部長。
冷蔵庫から残りのケーキ全部を取り出して見学してるともうケーキも無くなってしもた。結局殆ど俺が食ったんやん。まぁ食いっぱぐれるより全然ええねんけど……っちゅうか、


「俺帰って良いん?」

『はっ!』

『何やて財前!』


ケーキ無いなったしずっと阿呆なやり取り見てるんも厭きてきたし。とばっちりが来ても超面倒臭いんですけど。


『光っ!アタシの事放って帰るの!?』

「え」

『せやで財前!元凶である当人が知らん顔で帰るとか許さへんで』

「はぁ」


いつから俺が元凶になったんですか。大体頼んでもないのに勝手に気利かせて出て行ったんは部長やし、そっからコンビニ行ってノエルなんか買うたんも独断やん。とばっちりにも程があるわ。


『光、今日は泊まってったら良いよ?』

『え、名前ちゃん?』

『光が泊まってくなんて今に始まったことじゃないじゃん良いでしょ別に』

『せやけど今日は、』

「名前がどうしても、っちゅうんならええけど?」

『こら!財前も調子ええ事言わんの!』

『うーん、お願い光ーっ』

「決まりやな」

『名前ちゃん……』


思ってた以上に、よっぽど頭に来てたらしい名前を見て吹き出しそうんなった。せっかくのクリスマスやっちゅうのに残念やなぁ部長?
せやけどこれは俺の為やない。名前と部長の為。面倒臭くてダルいけど、しゃーなし、俺が2人の仲取り持ったるって意味や。余計な未練は棄てるんやから。


  □


「はぁ、疲れた」

『アハハッ!お風呂入るだけで疲れるとか重症だよ光』

「風呂っつ体力使うやん」

『それより気持ち良いのが先に来ない?』

「どうやろ……、どーも」


さっきのさっきまで的外れな怪訝を俺に向けてたくせに俺が風呂に入ったら何だかんだで機嫌が良さそうな部長はコーヒーを注いでくれた時と同じ、マグカップに牛乳を入れてくれた。何や?もう仲直りしたって?


「……冷たい」

『風呂上がりはさっぱり、冷えた牛乳が一番やろ?』

「マグカップに入ってるからホットミルクや思ったのに」

『せやけどソレ財前専用やし』

『アタシと蔵で選んだんだよね!』

『1週間に5日は顔見るしお客様用もどうか思てな』

「……………」


いっつもこのマグカップで俺専用やとは思ってたけどまさかわざわざ選んでくれてたとは思わへんくて。“この場所”から消えるつもりやったのに、揺らぎそうになる。俺の場所なんか無い筈やのに此処に居ってええよって言われて気さえして、牛乳が苦い。


「部長」

『うん?』

「煙草持ってへんのです?」

『あるけど1ヶ月前に買うたやつやから湿気とるかもしれへんで』

「賞味期限切れてないならええですわ」

『あーそか、』


健康オタクの部長は仕事で行き詰まった時とか、ストレスが溜まった時しか煙草は吸わへん。大学ん時からそうやった。それは俺やって似たようなもんで。煙草という単語に不安の様な、憂愁な眼をしたあの人が視界に映ったけど俺は伏せて眼を合わさへんかった。

部長が通勤用の鞄から煙草を出して箱を投げてくれるなり1本取り出して。火を点けると立ち眩みしてしまいそうな程の効果に嫌んなる。滅多に吸わんのはお互い様やのに8ミリとかあり得へんて。
一口、二口、少しずつ慣れていけば冷静を取り戻して、まっさら同様の灰皿をテーブルに置いてくれたあの人を漸く見れる事が出来たんや。


「部長明日は休日出勤なんです?」

『クリスマス2日休んだから仕事やーて言いたいとこやけど』

「やけど?」

『余裕持って明日まで休みや』

「……何の余裕やねん」


部長の一言で夜は盛んに過ごす予定やったんが一目瞭然で鬱陶しい。腹立つっちゅうか鬱陶しいっちゅうか、やっぱりダルいけど…お陰で揺れる気持ちは吹っ切れましたわ。
真っ白な煙を大きく吐いたら少し息を吸って。


「部長、名前、」

『うん?』

『ど、どしたの?』

「明日俺に付き合うて欲しいんやけど」

『、え?』

『財前何かあるんか明日?』

「…俺に、っちゅうか…ダブルデートってやつ頼みますわ」

『ダブル、デート―――?』


11時に約束しとくんで宜しく
それだけ告げて煙草の火を消した後、部長によって和室に敷かれた布団へ向かった俺。
明日で全部終わる。そう思うともう1本だけ煙草に手を伸ばしたくなった。



(20100129)

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