07.
理性とか、物理的な真偽とか誰が決める?
人の気持ちに真偽もない、決めるのは自分だけ
too near
heart.7
There is pleasure
because there is a pain.
あーあ。
思い切り言葉にして欝な気持ちを吐き出したいのに、所詮は誰にも気付かれへんように後ろを向いて小さく小さく息だけを漏らす事しか出来ひんかった。
周りに心配を掛けたくない、そんな大それたもんやなくて、名前が見たらどう思うんやろって。理由を知られた時に今の関係が崩れそうで嫌やったから、それだけ。
「そろそろ帰ろか…」
部活は1時間前に終わったのに何をする訳でもなく部室で突っ伏して、ふっと顔を上げれば窓の外は深い紺色に変わってた。
名前が今日彼氏と会わへんって言うてたからほんまは一緒に帰りたいなって思てたけど…今一緒に居ったら余計なことまで言うてしまいそうやったから。
1人で居ったってグダグタ憂鬱を浮かべるだけやのに。
「…っと、」
ずっと部室に居っても仕方ないし、とりあえず家には帰ろうと立ち上がった時やった。
皆が帰るとこを見送った筈やのにガチャン、とドアが開く音。
『まだ居たの?』
「、名前…?」
帰り際『今日はお母さんとスイーツ食べ比べする!』て張り切ってたのに、開いたドアから覗く顔は控え目な顔した名前が居って。流石に予期出来ひんかった展開に欝も消えたが気がした。
「どないしたんや、帰ったんちゃうん?」
『うん…帰った、けど帰ってない』
「え?」
『途中で引き返して来た。っていうか蔵じゃなくてオサムちゃんが居るのかと思った』
「……………」
何でわざわざ引き返して来たんか、聞きたかったのに続いた言葉のせいで再び欝は過って嫌悪が走る。
オサムちゃんに会いたかった、っちゅうことやんな。
「…オサムちゃんは職員室やで」
『フーンそっか』
「行くんやろ?」
『何で?』
「何でて、オサムちゃんに会いに来たんちゃうん?」
『うーん……どうかなぁ』
「、」
『蔵がまだ居るかなって戻って来たんだけど、やっぱり居ないよねって思ってオサムちゃんが居るんだろって思ったけど、でもやっぱり蔵が居るよねって思ったら本当に居た!』
「――――――」
名前らしくムチャクチャな文法で喋るから一瞬悩んだけど、つまりは俺が居ると思たから戻って来たっちゅうことやろ…?
オサムちゃんやなく、俺に会いに来たっちゅうことやんな…?
あかんわ、やっぱり欝なんや飛んだ。
『今まで練習してたのー?』
「いや、そういう訳ちゃうねんけど」
『じゃあ何?』
「ちょう、考え事や…それより名前はどないしたんや?俺に用事でもあ――――、」
控え目にドアから覗いて、部室に入れば良い意味でいつもの能天気な顔で笑てたのに。どうして、を発した瞬間、音を立てず飛び付いて来たもんやから声が消えてしもた。
名前がこうして甘えてくるのは珍しくないけど顔を隠したのは初めてやったから……。
「名前、」
『寂しい…』
「、名前…?」
『陽平ちゃんがね、女の子と一緒に居た』
「、」
『悔しいのか、ムカつくのか、哀しいのか、分かんないけど寂しい……』
「…………」
名前が好きな男を悪く言いたくはない。
せやけど自分が欲しくて欲しくて仕方ないモノを持ってるくせに、容易に手に入れたくせに狡いと思った。
名前を笑わせるのも泣かせるのもあの男だけやっちゅうのが悔しくて、自分やないっちゅう事実が情けなかった。俺ならこんな顔させへん、そう思うのに実際はそんな事出来ひんくてただのエゴでしかない。
ほんま、神様は意地悪や。
「名前、元気出し…?」
『…出ないもん』
「事情があったんかもしれんし、ただの勘違いかもしれへんで?」
『でも、アタシとの約束断ってまで会うってことは特別ってことじゃん……』
こういう時、何を言ってあげるのが正しいんか分からへんくて。いっそ、俺が居るって言えたら良いのに。
『蔵…キス、しよ』
「、え?」
『アタシも、浮気したい』
「……………」
『寂しいんだもん…甘えたいんだもん…』
そら俺やって名前と身体の関係を持ちたくないかって言われたら嘘になる。叶うなら願いたいくらいや。せやけど脳内は理性が生きてて、自分が良くてもいつか名前が後悔したらあかんて引き止める。
………でも、
『アタシは蔵と、キスしたい…』
「っ、」
『蔵、おねが……ん、』
“俺と”なんや言われたら理性は簡単に砕けていった。
それが今だけの切願で、ほんまはオサムちゃんでも代わりが効くとしても…
俺は名前が欲しかった。
(20090902)
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