13.
ハードな毎日も
やりきれたのは君が笑っていたから
too near
heart.13
Because being possible to
finish doing had your smile
ドア越しにアハハと笑う声が聞こえて、それがどんなに小さくとも彼女本人やというのは容易く分かって、それだけ好きっちゅう証拠やった。今まで聞き間違えたことなんかない、今まで聞き逃したことなんかない、俺の好きな声。
『あ、蔵!オサムちゃん連れて来たよーっ!』
『すまんなぁ白石ー、サボってしまいそうやったわ』
「…うん」
勢い良くドアを開けた2人を見ても笑顔は引きつって愛想笑いしか出来ひん。正直に話すべきなんか、適当な嘘で誤魔化すべきなんか…まだ俺は迷ってたから。
『あれ、蔵が持ってるのアタシの携帯?』
「、落ちてたで?」
『本当に?ポケットに無いと思ってた!ありがと』
「……………」
名前とオサムちゃんが戻る数分前、あれからもう一度この携帯は着信を告げてメールを受信した。きっと彼氏からで、俺の話題でも書かれてるんやろう。
名前の伸ばした手に渡してしまえば最後、上手い言い訳を繕うか想いを全てぶちまけるか。選択肢はあって無い様なもので心臓が大きくドクリと揺れた。
『あー、陽平ちゃんからメール来てる』
やっぱりあんな男に渡したくない
その一言を伝えたい。それだけで十分やねん。カチカチと携帯を操作する姿を映して意を決したのに、
『名前ちゃん?顔真っ青やで?』
『……蔵、どういう事…』
「あんな、」
『酷い!!』
「、」
『何勝手な事してるの!?』
携帯を突き付けた彼女は酷い顔をしてた。眉も眼も口も全部歪んで、俺に対して憎悪を抱いてるのは一目瞭然。
名前は良く表情が変わる女の子やったから百面相も見慣れたもんやと思ってたけど、こんな顔は…初めてや。
“お前が一番だったけどもう面倒臭い。白石って奴から聞いた、白石と上手くやれば?もう連絡してくんな”
携帯の光りで映し出された文字は小刻みに揺れて、彼女が震えてる事を教えてくれた。
「名前、ごめん、俺は、」
『昨日は応援してくれたくせに…全部嘘?アタシがフラれたら良いと思ってた?』
「ちゃうねん、せやから俺は、」
『もういい。蔵なんか大嫌い!』
「――――――」
バタバタと大きな足音を立てて部室を飛び出した彼女の背中を見ることすら叶わへんのは、鈍器で殴られたみたく頭が痛くて割れそうやったから。
“俺は、名前が好きやから”
ソレを伝えられへんかったのは自業自得なんやろか…。彼女が聞く耳持たへんかったのはそれだけ彼氏が好きやから。それも全部、全部、知ってたのに。
「………っ、」
『………白石、』
「オサムちゃん…名前ん事、追ってくれ、へん?」
『……………』
「俺は、行けへん、から…」
俺が私意で取った行動は名前にとって迷惑でしかなくて、名前を傷付けるだけの結果やったんや。そんな俺に、彼女を追い掛ける資格なんや無い。
『……今ので何となく、何があったんかは想像つくけど、それでええんか?』
「、え?」
『このまま、自分の気持ちに嘘吐いて生きていくんか白石』
「………………」
『お前は、俺よりよっぽど大人や思うわ。俺はほんまに譲りたないものは我慢出来ひんから』
「別に大人なんや……」
『せやけど、俺はそういう白石の考え方が利口やとは思えへんわ』
痛いとこを容赦無く叩くオサムちゃんに反論する余裕も無くて、コートのポケットから取り出された携帯を見ては見覚えのあるストラップで気付いたことがあった。
「せや…言えへんかったんや…」
ずっとずっと、
名前と一緒に居りたかったこと
名前と話してたかったこと
会えへん日は寂しかったこと
どれだけ短い時間でも離れたくなかったこと
何ひとつ、言えへんかった。
俺が臆病やから口にして彼女が離れていくのが怖かったから。少しでも長く、友達という仮面を被って傍に居りたかったんや。
「せやのに、阿呆やな……」
大嫌い
その単語が、ただ一言の単語がこんなにも重いもんやったなんて初めて知って、世界が滲んだ。
(20091120)
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