09.
誰かの為に、
そんな大義が行える自分は居なかった
too near
heart.9
The mind that cannot be
thrown away, because of you.
脳も身体も、溶け合ってひとつになれそうな感覚から、口唇を離すと冷たい空気が濡らした跡をなぞって我に返った。
あー、キス、したんや。
『……………』
「……名前」
出来ればもう1回、1回すれば更にもう1回。止まることなく溢れる淫慾に、そろそろけじめを付けな本気で名前の身体に触れてしまいそうで。
砕け散った理性の破片しか無い頭では是が非でもそうしたいっちゅう切願はあるけど、やっぱりこれ以上は…名前とそういう関係になってからが良い。何処かでは冷静に思える自分が居った。それは名前の為とも取れるけど、ほんまは自分が罪悪感とか罪の無い世界で彼女を抱きたかったから。それが理由。
『…止め、るの?』
「……………」
『蔵…?』
物足りない、そんな強請る顔をした名前を見れば理性の欠片さえも粉々になってしまいそうやけど、彼女の肩を掴んで一定距離を保つとゆっくり酸素を吸って慾心を抑えた。
「…名前は、可愛えよ?」
『え?』
「せやから、彼氏やって名前が好きな筈や」
『……………』
「事後に言うたってあかんのにごめんな」
俺にもっと自信あれば、俺が彼氏より良い男やって断言出来る力があれば。
今、好きやって伝えてた。
せやけどそんな甲斐性どこにも無くて、一方通行な想いだけじゃ幸せになれへんて分かってるから。
「気の迷いっちゅうか…無かった事にしたらええ。せやから名前は後悔せんように彼氏と話し合って仲直りすんねん」
『で、でも……』
「名前は、ほんまは彼氏と別れたないって思てんねやろ?」
『……うん』
「せやったら大丈夫や。今日の事は誤解かもしれへんし、名前が彼氏に自分の気持ちちゃんと伝えたら絶対届く」
名前相手に、誰が好き好んで別れを切り出すねん。そんなんあり得へん。好きやから欲目やとしても、彼氏やって名前が好きなことに変わりはないねんから。
『…ありがと、蔵』
「いーえ。ほな行ってき?」
『、今から?』
「当然や。早いに越した事は無いんやから」
『うん。行って来る!』
打って変わって、元気に手を振って出て行く名前を俺も精一杯エールと一緒に見送った。
せやけど、彼女が出て行った後の部室は妙に静けさが増して孤独が俺を支配する。作った笑顔も徐々に薄れて、背中を押した自分が偽善者に見えてくる。彼女の幸せを考えるとこうするしかなかった、そうは言ったってあの口付けを忘れることなんや出来ひんのに。無かったことになんや出来る筈が無いのに。
愛しさと恋しさと、その狭間で揺れる切なさが俺の身体の力を吸収した。
「名前……」
崩れるようにしゃがみこんだ俺は名前を呼んだ後、下口唇を噛んで明日を迎える自分を創った。
名前に会うても、オサムちゃんに会うても、普通に笑えるように。
(20090923)
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