08.
今しか見えないこと、今だから見えること、
僕の気持ちは僕にも解らなかった
08 強磁性体
名前と寝た昨日、あれから俺は白石に一言ごめんと告げて、何をする訳でもなくベッドに埋まっていた。
好きで好きで、愛していたあの娘をやっとこの腕に収める事が出来たのに虚無感は否めんかった。寧ろ、抱いた事で今まで以上にアイツとの距離が遠くなった気がして…
ベッドに残った微かな薫りを、どう繋ぎ止める事が出来るのか、そればっかり考えとったんじゃ。そんなこと、意味が無いのに。
『お、仁王ー』
「…ブンちゃんか、珍しいのう」
『死人みたいな顔してたから飛び降りたりしてないか気になったんだろぃ』
「死人が飛び降りても死なんじゃろ」
『だから例えだっての!』
俺を追い掛けて屋上に来たらしいブン太は、心配じゃと言いながらも『分かってるくせに揚げ足取る仁王のそーゆーとこまじ面倒臭い』とか荘厳な顔しよって。こういう時だからこそ、下手に憂愁を向けられたくないから助かる。
ブン太って、癒しキャラなんじゃな。初めて知った。
『な、名前と何かあった?』
「気になるんか?」
『んー。気になる、より、珍しいじゃん。仁王が“聞いて欲しい”って顔してんの』
「……………」
『あれ。違う?』
「……いや、正解かもしれんな」
『だろぃ?』
わざわざ自分から話しを振るなんて事はせん。じゃが、相手から求められるなら…楽になりたかった。ブン太に伝わってたのが幸か不幸かは分からんが、詐欺師と呼ばれる自分がこんな気持ちになるとは。まだまだ俺も青臭いんじゃと思い知った。
「――……それが、昨日の話しじゃ」
『フーン』
「、意外と反応薄いんじゃな」
『だって俺は部外者じゃんよ』
「まぁ、そうじゃが」
首を突っ込んだ限り『まじかよ!どうすんだ仁王!』って大袈裟に声を上げるかと思ったんじゃが…あくまでブン太はブン太っちゅう事か。
だけどガムを膨らませてパン、とそれが割れるとブン太なりに思うところをポツリポツリと始めた。
『仁王はさ、どうしたいんだよ』
「それが分かれば大人しく此処で寝とるじゃろ」
『あー確かに。けどさ、仁王は良かったじゃん』
「、」
『白石だよなー可哀想なのは』
「可哀想?」
『だってそうだろぃ?仁王もだけどさ、今まで散々報われない恋してたのに今度は仁王に持ってからたんだぜ?』
「……………」
『挙句の果てには昨日、名前は仁王と別れた後、白石に会うって言ってたんだろぃ?惚気でも聞かされたんじゃねーの?ま、男と女なんかそんなもんだししょうがないけど』
第三者だからの言葉、それを聞いてそういう見方もあるんだと気付いた。
俺からすれば、名前は俺を利用しただけであって、俺を通して違う男を見とった。そして最後にはまた自分に甘い別の男を選ぶ、俺が何より哀史なんだと思っとった。本当は、誰が1番“可哀想”なんじゃろう。
オサムちゃんにフラれた名前か、名前を諦めたオサムちゃんか、慰める存在だけの自分か、掴みたいのに何も掴むことが出来ん白石か。
それは誰にも測れん想い、なんかもしれん。
『あ、何だこれ』
答えが出ない糸を辿ってると、普段より幾分騒めく校内からヒラヒラと屋上まで飛んで来た1枚の紙切れ。ブン太の『ただの校内新聞か』の一言に、そんなものは興味無いと空を見上げたのに、
『まじ、かよ…』
俺が何を言っても顔色を変えることが無かったブン太が今日初めて眉を寄せた。
「どうしたんじゃ?何か面白い事でも書いとるんかのう?」
『…………』
沈黙のまま渡された1枚。
「――――――」
それには、
“3ー2白石蔵ノ介、薬物所持で逮捕”
そんな文字が書かれていた。
(20091025)
←