09.
理由なんて要らない
誰も知らなくても、僕だけが知ってればいい愛しさ
09 蒼い海が飲む情感
(蔵が居て良かった)
腫れぼったい眼そう言った彼女は俺に対して安堵を見せて、爛熟した笑顔やった。
「ほな、今日はもう帰ろか」
『、もう?』
「結構な時間やから…話しはまた明日聞いたるから、な?」
『……本当?』
「うん。名前の気が済むまで聞いたる」
『…ありがと』
もし今この時、彼女が俺に気持ちを抱いていたならこのまま帰らせることは無かったと思う。彼女を取り巻く哀感を消す為にずっと離れへんかったんやって。
「っ、」
『てめぇ何処見て歩いてんだ!』
「、すんません」
『クソッ!』
「…………」
『蔵、大丈夫?ぶつかって来たのはあっちなのに…』
「肩当たっただけやから。そんな心配せんでも平気やで?」
『そっか、なら良かった』
せやけどどんなに憂愁を見せられたって、空洞が埋まる訳やなくて。名前の為に何をしてやる事が出来るんやろか、このまま彼女を想ってても良いのか、良いのか、良く分からへんかった。
「今日はよう寝るんやで?」
『……………』
「、どないした?」
15分くらい歩いたらやっと辿り着いた名前の家、手を振ろうと思たのに俺の鞄を引っ張った彼女が何を言いたいんか探したけど“有難う”以外には見当たらへんくて。
『蔵、』
「ん?」
『蔵が居て、良かったよ…?』
「うん。知ってる」
『アタシ、これからもずっと蔵と一緒に居る!』
「、」
『蔵と一緒に居たい、一緒に居ても良い…?』
「――――――」
何でやろ。
ほんの少しだけ、ポッカリ空いた箇所が埋められた気がした。
オサムちゃんが1番やとしても、仁王を選んだとしても、他の男を選んだとしても。俺は彼女の隣に居りたい。名前が好き、好きを止めれる訳無かったんや。
ずっと名前と一緒に居て彼女が望む幸せを想ってあげること、それが俺に唯一出来る全てや。
頭で考えるより先に、答えは出とった筈やのに…何を小難しく考えてたんやろな?多分、それが嫉妬なんやと思う。オサムちゃんに対してはもう、諦めてたところがあったけど同じ場所に居った仁王に、めっちゃ妬いてたんやろな。何で俺ちゃうんかって。
「名前、有難う」
『え?』
「ううん、何でも無い」
『う、ん?』
「せや。俺はずっと一緒やで?」
『、』
「名前がそう思ってくれる限り、ずっとずっと、ずーっと一緒や」
『――、うんっ!』
約束。
必然に絡められた小指は俺より全然小さいのに、加えられた力は強くて。離してしまうのが寂しいなぁって、また明日繋がれたら良いなぁって、今度こそ心の底から笑った。
「あ、オカンからメール来とるわ」
連絡も無しにすっかり遅くなってしもたもんやから“ご飯要らんの?”とか。要るに決まっとるやろーなんて失笑しながら返信画面を開けた時やった。
『君、ちょっとええかな』
「え、」
『鞄の中、見せてもらうで』
警察手帳を開けて鞄を奪い取った2人の男に急に何やねん、て。補導ならわざわざ鞄を漁る必要ないのに。
疾しい事は何もない、せやけど焦燥感は溢れるばっかりで心臓はドキドキと早く動いた。
『はぁ、アイツの言うた通りやったな』
『まさか高校生が、とは思わへんかってんのに』
「ちょ、何ですか…何やあったんです―――」
よう言うわ、溜息混じりに吐かれた言葉と一緒に、俺の包帯の上にはカチャリと音を立てて手錠が掛けられた。
『話しは署で聞かせて貰うで?』
「ま、待って下さい!俺は何も、」
『今は黙っとき』
「せやから俺は、」
『……………』
俺の鞄からは見覚えの無い真っ白な紙が取り出されて、その包みを開けると粉砂糖みたいな粉末が出て来た。
まさか、それって……
『署に着いたら、嫌でも全部話してもらうからな』
俺の手から携帯をも取り上げた警察官に弁明も与えて貰えへん中で浮かんだのはさっきぶつかった男の事。あれが警察に追われてる最中で、俺の鞄にソレを入れたんやとしたら……
「名前!!」
『こら!暴れんな!!』
「名前、名前、アイツは関係無いから…!」
『…名前?ソイツも仲間なんか?』
「ちゃうねん!アイツは何も関係無い、せやからそっとしといたって―――」
一緒に居っただけで彼女が巻き込まれたらどないしよ、
一緒に居ったから彼女にまで覚えもない罪が行ってしもたらどないしよ、
ほんまに俺は、彼女の為にしてあげられる事は無いんやって蕭蕭を噛み締めた。
(20091026)
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