07.
今、歩きだした君に
僕は何をしてあげられるんだろう。
07 砕かれた心臓が繋ぐもの
誰に、何を、
考える迄もなく発信した先は仁王の携帯やった。名前を1番に心配して連絡するべきやったんかもしれへんけど、何となく、仁王の傍には名前が居る気がしたから。繋がるんちゃうかなって単に思ってた。
《白石?》
「仁王、名前居る?アイツの話しやねんけど」
《さっきまで、一緒じゃったから白石が言いたい事は、分かるぜよ…》
やっぱり一緒やったんや。
趣旨が通るなら話しは早い。
「名前、大丈夫やったんか…?」
《…………》
「仁王?」
《……白石、ごめん》
“単に”一緒やと思った。せやから深い意味なんやあるとは思わへんくて、仁王の謝る理由が見当たらん。
俺はオサムちゃんから話しを聞いてたんやから、その間仁王が名前の傍で話しを聞いてあげてたんなら…良かったって、思ただけやのに…
「、仁王?何が、ごめんなん?」
《……………》
「意味、分からへんで…?」
《アイツん事、慰めたんじゃ》
「う、ん、それで?」
《そうじゃないぜよ。アイツと寝たって事じゃ》
「――――――」
目の前が真っ白になる、っちゅうのはこういう事を言うんか。眩暈がした訳でも無いのに、貧血を起こした訳でも無いのに。
目の前も頭ん中も全部真っ白で、言葉を理解するのに時間が掛かる。やって、そうやろ…?名前はオサムちゃんが好きで、オサムちゃんが好きやったからオサムちゃんとはそういう関係やったかもしれへんけど…今の一瞬で仁王と…?
「は、ハハ…変な冗談、趣味悪いで仁王、」
《そう思うならそれでもええ》
「……………」
《俺は、これ以上何もしてやれんからのぅ…後は白石次第、ぜよ》
じゃあ、
俺の声も待たず一方的に切られた電話。ツーツーと無機質な機械音が耳元で流れる。
「………………」
俺、次第。俺次第ってなぁ…そんなん聞いて俺にどうせえって言いたいん?仁王の後で、俺にも彼女を抱いてやれとでも言うん?
そんなん、無理やろ…?
第一名前は、オサムちゃんが居らんなって…仁王を選んだっちゅう事なんやから。
「あかんわ、結構キツいな……、」
機械音が一定の間流れて自動的に切断されると自然淘汰に失笑した。せやけど再び音を発する携帯に、肩が揺れる。
“着信、名前”
今は出たくない。それでも、この電話を取らへんかったからって全てが変わる訳ちゃう。遅かれ早かれ結局は彼女とも向き合わなあかんのやったら…そう思て通話ボタンを押した。
「…もしもし?」
《、蔵?》
「うん…」
いつも通り、とまではいかへんでも、仁王の存在で少しは元気を取り戻したんやろうと思ったのに、携帯越しに届く声は鼻に掛かってて不安定やった。
泣いてたん…?
《あの、ね、》
「うん」
《蔵に話したいこと、あって…》
「…今何処に居るんや?」
《四天町、公園の前…》
「何でそないなとこ居んねん…今直ぐ行くから公園ん中で待っとき!」
四天町、この大阪で一番タチの悪い場所やった。噂でしかないけど、ヤクザ同士の抗争があるとか、闇取引場所とか、身近な事やと売春とか。兎に角悪い噂ばっかり煙ってる場所で、何で名前がそんなとこに居てるんかと焦燥したけど答えは簡単。
仁王と俺の家との中間地点で最短距離やったから。
今は話したくないとか、そんな事は忘れて公園へと急いだ。
「名前!!」
『あ、』
「良かった、何も無かってんな?」
『心配、してくれたの…?』
「当然やろ!ただの噂かもしれへんけど火の無い所に煙は立たん言うてな、―――…」
『嬉しい……』
「………………」
兎みたいに眼を真っ赤にした彼女はか細い声を出して俺に飛び込む。自分より数段小さい身体が、やっぱり愛しい。
「名前、」
『あ、ごめん…あのね、アタシ、アタシ……』
「辛いなら、無理に話す必要ないんやで…?」
『え?』
「あんまり、口にしたくないんやろ?」
『……まさか、知ってる、の?』
返事の代わりに頭を撫でると彼女は瞳を揺らして地に視線を移した。
『…アタシの事、軽蔑、したでしょ…?』
「何でそう思うん?」
『だって、幾ら辛かったからって…』
「…うん。それが、名前の選んだ答えなら、ええんちゃうか?」
『、』
「俺に出来る事は、傍で話し聞いたる事くらいやから…」
俯いたまま、地面にポタポタと滴を落とすけど、それをどう拭ってやればええんかも分からへん。
仁王と同じじゃあかん、それなら名前の為に出来る事は、ほんまに限られてた。
『…アタシ、蔵に嫌われたらどうしよって、』
「それが嫌やったん?」
『やだ…蔵は、いっつもアタシの話し聞いてくれて、アタシの1番の人だったもん…』
「、1番?」
『うん、オサムちゃんが好きだったけど、いつも蔵と一緒で、蔵が居たから、頑張れたんだもん…!』
「……………」
例えそれが恋愛対象としてやなくても、純粋に嬉しいと思えた。
「ありがとうな?今ので、救われた気がする」
『、?』
「俺な、名前のそういうとこ、好きやねんで…?」
『本当…?』
「うん。素直過ぎて、ちょっと困った事もあるけど、憎めへんし」
『……………』
「ほんま、好き」
制服の裾を掴んで小さく『有難う』と聞こえたら、もう一度彼女の頭を撫でて腕の中へと収めた。
好き、
その気持ちはほんまや。多分、これからも変わらへんと思う。
せやけど、
ポッカリ空いた胸の隙間は何なんやろうって……言葉に嘘は無くても心の底からは笑えへんかった。
(20091024)
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