03.
伝えたい気持ちと伝えたくない気持ち
紙一重に存在する自分
st.3 メール
「なぁ名前?」
『えー?』
漸く席に座って落ち着いた名前に声を掛けた。まだ半分くらい残ってるココアを持って、机に腕を乗せて体重を掛けるように中腰になればヘラッと笑う顔が目の前に合って自然と口角が上がる。
「前から聞きたかってんけどなぁ…」
『うん?』
「名前は、オサムちゃんの何処が好きなん?」
口角は上がってた筈やのに、オサムちゃんっていう名前を出すと真っ直ぐ一の字を作る。俺にとってその名前がタブーやとしても、その質問が無意味なものやとしても、俺とオサムちゃんの違いが何になるんか知りたかった。オサムちゃんにあって俺にないもの…。
『うーん…何処って言われたら困るかなぁ。お調子者に見えて周りをしっかり見てるとことか、アタシの事優先的に考えてくれるとことか…全部好き!』
「……そ、か」
『でも、1番はアタシに好きって言ってくれる時かなぁ』
「……………」
聞くんじゃ無かった。
結局はオサムちゃんやないとあかんのや。俺が“好き”って言うたとしても名前に届くのはオサムちゃんの声でしかなくて、オサムちゃんやったら一言一行、全てが好きに変わるんやろうって。
俺や駄目なんやなて、改めて思い知らされた。
「悔しいなぁ…」
『え?』
「…名前が惚気るんが悔しいなぁて思ただけや」
『えー、それって僻み?』
「そうや。俺やって彼女居てへんのやから」
『アハハ、何それ!蔵は彼女作る気ないだけじゃん』
「名前に言われると腹立つなぁ!」
『もう僻みとか止めてよー!』
幾ら仁王に勝負時やって言うたって、他の男なんや目にないって言うとる名前を見ると…告白する気は失せた。
勇往邁進してフラれたい、とかそんな悲観的な希望は持ってへんし、名前は名前で報われん気持ちを頑張ってんねん。オサムちゃんの1番にはなれへんのにそれでも幸せやって。それなら俺は…卒業ぎりぎり、もう少し一緒に過ごせる時間を大事にしたいって勝負から逃げようとしてた。
一通のメールが来るまでは。
「あーあ…部活でも行ってみよか…」
どうにか憂愁を紛らわせたくて、引退した後も毎日持ち歩いてたラケットを眺めてみた。テニスしとる時なら全部忘れられるって、ラケットを左手にテニスコートへ向かう。
「財前、ちゃんとやっとる?」
『部長、』
「久しぶりやんな」
『昨日昼休み会うた気がしますけど』
「あーそうやった?」
『どうせまた名前先輩の事やろ』
「……………」
相変わらず生意気な後輩は的確に嫌なとこを着いてきて。ハァ、っと溜息が出る。名前とオサムちゃんの事やって隠してたのに何でやか財前には筒抜けにバレとるし。
『今度は何があったんですー?』
「別に、何かあった訳ちゃうけど」
『あー、せやったら片想いがつらくなったんです?』
「…財前ホンマ口だけは達者やな」
『普通ですわ』
財前と話しとると自分がいつもより数段に情けなくなって悔しくなる。逃げてた現実を引き戻されるような。
「もうその話しは……、メール?」
『名前先輩からスかー?』
「ちゃうわ、名前やなくて―――オサム、ちゃん……?」
一通のメールはオサムちゃんからで、そこに書かれた文字に瞠若するしか無かった。
“安心し。名前と別れたから”
(20090908)
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