『ハァ…今度は誰すか』
蔵を目の前にしても光はやっぱり変わらなかった。
『生意気そうなんは今も健在なんやな』そうは言ったけど、アタシと眼を合わした蔵は苦笑して“分かっとってもキツいなぁ…”そんな顔、してた。
仲直りっていうのも可笑しいけどあの後、蔵からももう1回ごめんって謝られて。蔵が謝る必要なんかないのに気にしてくれるところが蔵の優しさっていうか、らしくて、光が思い出せるように手伝うって言ってくれた事がアタシにも力になった。
病院へ行く途中では『案外もう記憶も戻ってたりして』とか言ってたのに流石にそれは浅薄だった。
『財前、俺は財前の先輩でテニス部の部長しとる白石蔵ノ介や』
『、テニス?』
「光、テニスしてた事は分かるの…?」
『さぁ』
「そっか…」
テニスという単語に反応してくれたから何か思い出したかなって思ったけどそういう訳じゃないらしく、だけど反応したって事は、光の中で特別区するものがあるって事…?
『で、アンタは誰なんスか』
「、アタシ?」
『以外この部屋には誰も居らんと思いますけど。昨日も居りましたよね』
「う、うん…」
『財前っ、この人はお前の「アタシも光の先輩」』
『、名前?』
「アタシ、テニス部のマネージャーしてるから」
“別に興味はないけど”そんな感じでフーンと相槌をした光と、“それで良かったんか”顔色を変えた蔵。対照的な2人に思うことはひとつ、これで良かったんだって。
本当の事を話したい気持ちは勿論だけど知らない人が彼女だって言われたら光は困る、だろうから…アタシがそう言われたら絶対嫌だもん…。間違いなく動揺は隠せない。
『名前……』
「ね、蔵、写真持って来たよね!3人で見ようよ」
『、せやな』
「光も良いよね?」
『別にええスけど何も覚えてませんよ』
「見てる内に思い出すかもしれないじゃん!」
『はぁ』
凹んでばっかりだったアタシに、学校を出る前に蔵が渡してくれた学校生活での写真。
光もアタシも蔵も居て、謙也もユウ君も小春ちゃんも金ちゃんも千歳も銀さんも居る。オサムちゃんだって居る。皆と写ってる姿を見たら、光も少しくらい思うとこがあっても良いんじゃないかなって。さっきの“テニス”に続いて、キッカケになって欲しい。
そう思って鞄に手を忍ばせた時だった。
『こんにちは』
コンコン、とノック音がして病室のドアが開いたら、そこには見慣れない女の子が居た。
『あ、3年の白石先輩とテニス部のマネージャーさんですよね…私、財前くんのクラスメイトで、代表してお見舞いに来たんです』
控え目で大人しそうな女の子はアタシ達を見ては怖ず怖ずとして、タイミングが悪くて申し訳なかったとでも言いたげな顔だった。
時計を見ると、面会時間も残り30分くらいしか無いし、アタシは鞄から手を出して蔵の腕を引っ張った。
「アタシ達は帰ろう」
『、せやけど』
「せっかくクラスメイトの子が来てくれんだよ、アタシ達はまた明日」
『名前がそう言うならええねんけど…』
「光、中途半端になっちゃったけどまた明日ね」
『明日も来るんスか』
「来る!」
『はいはい、勝手にして下さい』
大元の性格は変わらないのかな、なんて飄々とさた光に向かって手を振ったアタシだけど。
「……………」
パタン、とドアを閉めるとまた泣きたくなった。
『名前?』
「アタシ、笑えてた…?」
『――――』
「光の前で、ちゃんと、笑ってた?」
本当の本当は、どんな理由があっても光の彼女はアタシなんだって言いたかった。あの子にも、アタシはマネージャーだけど光の彼女だって主張したかった。
気を利かして出て行くんじゃなくて、堂々と残りたかった、のに…
『…名前は、財前の為に頑張ったで…?』
「…………」
『財前にとって、自慢の彼女や』
「っ、」
蔵の言葉に泣けたのは、今アタシが光にとって“知らない女”でしかなかったから、卑屈だから。
(20090914)
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