光が事故?事故って交通事故?
頭が上手く回らないのは逆上せてしまったからか、目の前で泣きじゃくるママが居るからなのか。
そんな事分からないけど、途中だったお風呂なんてお構い無しに髪も乾かさず家を飛び出したアタシは財布と携帯だけ握り締めてタクシーに乗り込んだ。
『どちらまで行かれます?』
「総合、病院まで」
『分かりました』
タクシーの中で道路とタイヤの摩擦振動に揺られながら、何でだかアタシは平静で居た気がする。ママに告げられた時は瞠若してたのに、この眼で光を見る迄は真偽なんか分からないって、冗談だと思ってた。
『1670円です』
「あ、丁度あります」
『有難うございました、またお願いします』
タクシーを降りると病院の本館は真っ暗で、それが余計にリアルな嘘みたいに思えた。こんなとこに光が居る筈ないって…嘘だったらどんな風に怒ってやろうか、とか。
だけど指定された救急病棟は白い灯りに包まれてて、今も救急車がサイレンを鳴らしながら横付けする。駐車した瞬間にサイレンが鳴り止むと、途端に背筋が凍る様な寒気がした。
ひかる、ひかる、ひかる…。
「はぁっ、はぁっ、」
光は無事だよね?
何ともないんだよね?
心配し過ぎって、大袈裟だって笑い飛ばしてくれるんでしょ?
光と別れて部屋へ駆け上がるよりも早く足を前へ突き出した。
「ひかる……っ!!」
『、名前ちゃん、』
1004号室、財前光と書かれた名札を確認して部屋のドアを開けると光のお母さんが一番に視界に入って、真っ赤な眼で振り返った。
光ママ、泣いてたの…?
泣かなきゃいけないくらい、光は酷いの…?
「光ママ、光は、」
『……まだ、意識が無いみたい』
「……………」
『相手な、携帯弄ってたらしくて脇見運転…その上暗くて、光んこと見えへんかったらしいわ…』
「……………」
光ママの言葉に何て返せば良いか分からなくて、ただ頭に入って来る情報が悔しくて仕方なかった。
相手がちゃんと前を見てたら、
もしこれが昼間だったら、
今日アタシが送って貰わなかったら、
もう少し引き止めてたら……
それなら光はこんな痛い思いしなくて良かったのに。
「……かる、ひかる…?」
真っ白なベッドに横たわった光にゆっくり近付いて、ピッピッと規則的な音を発する機械に繋がれた光を、恐怖心を抑えて覗き込む。
「ひかる……」
『 』
アタシの声に何も反応はしてくれないけど、想像していたよりはまだ良かった気がする。
面影なんてないくらい凄い怪我だったら、そんな事も一瞬の間に考えてたから、少し擦り傷がある顔にちょっとだけ安心した。
ただ、身体の方は布団に隠れて見えないし、頭に捲かれた包帯の本当の意図が分からないけど…
「ひかる、眼、開けて…」
『 』
「ひかる、アタシ、ここに居る、よ…?」
『 』
『名前ちゃん……』
布団の上に伸ばされた腕を持って手を握ると、暖かいとは言い難いけど光の体温がちゃんとあった。
光、頑張ってる。痛くても、辛くても、苦しくても、ちゃんと生きてる。
それだけで嬉しかった。
アタシは傍で頑張ってって、祈る事しか出来ないけど、光の傍から離れない。絶対離れないから。
「、」
祈りを込めて光の手をぎゅっと握り直すと微かに光の手が動いた、と思う。
「ひかる…?」
『…………ん……』
「ひかる?光!?」
『光っ!?』
顔を顰めてちょっとずつ指先に力が入る。一言じゃ言い表わせないけど感銘だった。
光ママがナースコールを押す間もアタシは光から眼が離せなくて、光の手を握り締めては頑張れ、頑張れ、って、眼開けてって、祈り続けた。
『………………』
「ひ、ひかる…分かる…?」
『………………』
齷齪に薄ら眼を開いた光を見た瞬間、瞼がかーっと熱くなって。
神様、光を助けてくれて有難う。心から謝意を伝えたのに。
『……あんた、だれ?』
「え?」
『…だれやねん……』
「―――――――」
艱苦から怪訝に変わった光の顔は、アタシを映してそう言った。
(20090910)
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