「ばいばい光」
『ほな』
「帰ったらメールしてね絶対」
『分かってますて』
「だったら良いです!」
部活が終わって帰り道、繋いだ手を離せばもう別れの時間でアタシは家の玄関に手を掛けて、光は背中を向けて歩き出す。
幾ら明日会えるって言ってもこの時間は嫌いだった。光と離れたくない、その気持ちが最高潮に溢れて止まらなくて、一生の別れみたいに感じる。
『あ、』
「え?」
『ん。』
「!」
『たまには、ええやろ名前先輩?』
「…ばーか」
背中を向けた筈なのに立ち止まるから何かと思えば振り返ってアタシの頬っぺたにキスひとつ。
公衆の前では恥ずかしいしはしたない、なんて普段文句を言ってるアタシだけど悪戯な顔を向けられたら怒るに怒れない訳で。それより嬉しい、のが勝ってるとか…悔しいから言ってやんない。
『今度こそ、また明日』
「うん…」
『夜は大分涼しなったし腹出して寝たらあかんで先輩』
「だ、出すわけないじゃん!謙也じゃあるまいし…」
返事の代わりに振り向かず手をヒラヒラ振ってきて、憎まれ口も慣れたアタシは急いで部屋まで駆け上がる。
ハァハァ、こんなちょっとの距離でも全力で走れば息切れしちゃうアタシだけど落ち着かないまま窓を開けた。
「へへ、間に合った」
別れの時間は嫌いなのに、窓から光を見送るのは嫌いじゃないとか。アタシも大概変わってる。
だけど月明かりに照らされた光は後ろ姿だけでも格好良いし、アタシだけしか見えてないんだって思うと優越に包まれて。見えなくなるまで見送るのが仕事、だなんて勝手な特許まで作ってる。
光も光でいつもよりゆっくり歩いてくれるからその分長い間見てられることも嬉しい。
もしかして、これが好きなこと知ってる?光だったら気付いてそうだけど。振り返らないとこがらしいかなって。こっち向いたらもっと寂しくなるもん。
『名前ちゃん、今日ちょっとご飯の支度遅くなるから先にお風呂入ってー』
「はーいちょっと待って」
部屋をノックした後、入って来たママはアタシを見るなり溜息なんかついて。
『本当、光君馬鹿な娘ー』
「だって光格好良いもん」
『そりゃママだって光君は格好良いと思うけど。ママがもう少し若かったら貰っちゃうとこだったし?』
「もう少し、じゃなくて大分だよねだーいーぶ!」
『失礼しちゃう!だけど毎日毎日送ってくれて本当に良い子よね、名前ちゃん相手だと変質者が現れても変質者の方が逃げちゃいそうなのに』
「ちょっとどういう意味ですかー!」
『怖い怖い、鬼ババになっちゃったー!』
「ママ!!」
『とにかく、お風呂入ってね』
愛娘をからかって何が楽しいんだか。仮にママが若くたって光はアタシ以外の女の子に興味ありませんよーとか。自分で言っててニヤけちゃう。
だけど…。
光の存在を自分の親にもちゃんと認められるのはやっぱり嬉しくて。真っ暗な世界に消えた光を確認すると、浮かれ足でお風呂に向かった。
「もう家に着いた頃かなぁ…」
湯船でタオルの空気を出したり入れたり、遊びながらも光の事しか頭には浮かんでこない。今すぐ結婚出来たなら四六時中付き纏って離れない自信がある、なーんて。
早くお風呂を出て光とメールしよう、そう思った時だった。
『名前ちゃん!!』
「、」
勢い良くドアを開けて来たママにビックリして肩が跳ねる。
どこか動揺したように見える姿に首を傾げた。
「なに、ママどしたの?」
『どしたの、じゃなくて!』
「えー?」
『今、光君のお母さんから電話があって、』
なんとなく、
なんとなくだけど嫌な予感がした。
ママの表情、普段は無い光のキス、全部が嫌な予兆だったのかもしれない。
『光君が…、』
「、ママ…?」
『光君が、事故に遭ったって……』
アタシの心臓は多分、一瞬収縮運動を止めた。
(20090909)
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