時間が経てば全く痛みなんか無い筈なのにアタシの首はチクチク厭な余韻を残す。
幾ら帽子被ってタオルを掛けてたって、この真夏日にジャージのファスナーを思い切り上まで挙げて更にその上からタオルをマフラーみたく巻き付けたらとんでもなく暑くてお鍋の中で茹でられてるくらいの気分だった。
『名前ー、何でそない暑苦しい格好しとん?』
「…………」
洗濯物を干したのを見越してか、軽い足取りで近付いてきたこの男は、よくもまあそんな事いけしゃあしゃあと言えたもんだ。
誰のせいだと思ってるんですか。貴方ですよ白石蔵ノ介のせいですよ。
『ああ、あれか、蒸し風呂ダイエット的な』
「だからね、遠回しに貶すの止めてくれないっ!」
『貶してへんやん』
「ダイエットが必要だって思ってる辺り貶してるじゃん…」
こっちは日焼け対策はしててもダイエットしてる記憶は無い。好きでこんな格好してる訳じゃないんだからね、本っ当暑いんだからね。
『引け目に負けんと俺とつり合おうっちゅう努力は認めてんねん』
「なんって上からな…!」
『そういうとこが名前のええとこやしな、可愛いて思うねん。せやけどダイエットはせんでもええんちゃう?』
「え、」
『これ以上出るとこがへっこんで出たらあかんとこが目立つんもアレやし…ああ、出るとこを出させるんは俺のしご「ちょっと黙ろうか白石君」』
もしかして今でも十分綺麗やで、とか言ってくれるかなって期待して、そんな事言ってくれたら首のことは忘れてあげても良いって思ったのに。
女の子は褒められることに弱い、蔵ぐらいの男なら熟知してる筈なのにリアルな厭味ってことなの…しかもセクハラを含めた厭味って(何より先に自分を立てるから仕方ないとかは聞きたくない)。言っても無駄だって我慢してきたけどぶっちゃけ我慢も限界。
「蔵、この際だからハッキリ言う。ちゃんと聞いてね」
『名前からの愛はいっつもちゃんと聞いとるけど』
「そもそもそれが間違ってるんだよ」
『え?』
「何処で何でそういう勘違いしたのかは知らないけどね、アタシの好きな人は蔵じゃない」
『、名前』
「だからさっきみたいなキ、キスマーク、付けてくるのは迷惑とセクハラ以外何モノでもないし止めて欲しい。アタシが好きなのは……えーと…謙也だから!」
『……………』
ここまでハッキリ言って伝わらなければもうお手上げだけど。
珍しく眉を上げて眼を真ん丸くする蔵の顔を見ると伝わったかなって。最後にちょっと誰を選ぼうか迷ったのは失敗だったけどアタシの思惑通り?
「わ、分かった?」
『………分かった』
「ほんと?!良かった!これでアタシも漸く平和な『せやけど』」
「、え?」
『せやけどまさか、名前がここまで俺の気引きたいとは思わへんかったな』
「へ、」
『謙也が好きって…ハハハッ、そんな笑いも枯れる嘘で俺が信じると思うん?』
笑いも枯れるって…笑ってるし謙也が可哀想じゃん…。
結局振り出しに戻ってるし!
『安心し?そんな事せんでも俺の心は名前のもんや』
「う、嘘じゃないんだけど……」
『まだ言うん?嘘吐く子にはたっぷりお仕置きが必要やねんな』
「ちょちょ、ちょっと蔵!顔が怖…!」
『んー、その顔そそるわ』
「ひ、きゃーーー!!!」
干したばっかりの洗濯物の影からアタシの雄叫びが響くと、騒々しかったテニスコートは瞬時に沈黙を作った。
きっと触らぬ神に祟りなしだとか思ってるんだろうけど皆酷い、そんな事を考えてる反面ジャージを捲られお腹や背中にまで噛み付いてくる蔵を前にすれば思考は制止寸前で。
『最後はデザートでシメやんな?』
自分の口唇をペロッと一舐めすると、アタシの緊張も拍車が掛かる。
頬っぺたを持たれて柔らかく生々しいモノが口唇に触れたと同時に、ぷぅっと蔵の身体から吐き出された息が入り込んできて完全に思考は制止した。悪戯っぽさをプラスした笑顔なんか初めて見た。
(や、やばい、超ドキドキする…!)
(20090807)
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