『名前先輩、喉渇いた……、何やってるんです?』
「退部届け書いてる」
フーン、見かけによらず意外と字は綺麗なんですね、だとか言ってくる光を無視してザラ紙の裏に必死で退部届けを書くけど。
……見かけによらず?ちょっと待って、それは顔が汚いとでも言いたいんですかね光くん。この上なく失礼なんですけどまさか蔵と同類?同じ人種なの?そんなの聞いてない!
口には出さずとも無視仕切れなくて文句ばっかり浮かんだけど、そんなこと言ってる(思ってる)内に退部届けは完成した。
「よし出来た!」
『先輩ー、喉渇いたって』
「ひかる」
『何です?』
「あのね、アタシも光のことは薄情だけど嫌いじゃないしお世話してあげたいけどね、もう辞めるって言ってんだから甘えちゃ駄目なんだよ…」
確かに考えてみれば光はアタシが(蔵のせいで)困ってる時だって救いの手ひとつ差し伸べてはくれなかったけど、普段話してる分は嫌いじゃなかった。
寧ろ『先輩、先輩、』って懐いてくれるところは凄く好きだったのに…それも今日までなのね。
「アタシ光の事は忘れないから」
『……とか言うてますけど』
「え?」
『うーん…』
「く、くく、蔵…!」
光ってば何言ってんの、そう返したかったのに光の隣にはいつの間にか首を傾げた蔵存立。何言ってんの、はアタシでした。
『名前ちゃん、財前と浮気か思たら部活辞めたいって?どういうことなん?』
「どういうもこういうも辞めたいものは辞めたいんだって…!」
『ソレ、貸してみ?』
書き上げた退部届けを承諾する前に奪った蔵は、文字を追う毎に眉間のシワを深くして眼を細める。
それもそうだ、アタシが書いた退部届けは名ばかりのクレーム録だもん。
『…なんやこれ、』
退部届け
もう白石蔵ノ介と上手くやっていくる自信がありません。テニス部を続ける限り私のストレスは重度なものとなり、この先円形脱毛症や胃潰瘍すら免れない気がします。
よって彼が居るテニス部を退部します。
この文書を読んでワナワナワナと震える蔵を前に、流石にここまでハッキリ言えば勘違い蔵と言えど理解してくれるんじゃない?
「そういうことだから辞めるね」
『……ちょう待ち』
「な、何…今更謝ったって遅いんだから、」
『せやけど謝らせて』
いつになく真面目な顔をするもんだから話くらい聞いてあげても良いかなって。
仕方なく帰り支度の手を止めて椅子に座ると、光も今回ばかりは気になるっていう顔でアタシの隣に座った。
『俺、名前がそこまで思い詰めとるなんや気付かへんかった…』
「気付いててあれだったらもっとビックリだって」
『本気で嫌がらせですね』
『俺は名前と一緒に部活中もイチャイチャ出来たらそれでええって思っててん…』
「だからイチャイチャしたくないんだってば」
『何や話噛み合って無いですわ』
確かに。この期に及んで普通ーーはイチャイチャとか言わない。
でも相手は蔵だし…光の声に嫌な予感がしながらも気のせいだって言い聞かせて次の言葉を待った、
『まさか名前がそない嫉妬深い女の子やとは…!』
のが間違いだった。
『せやな、俺に向けられたフェンス越しからの黄色い応援は良い気せえへんもんな…まさかそこまで辛い思いしとるとは想像以上やけど…ホンマごめんな…』
「ちょ、ちょっと蔵、」
『愛しの彼女を苦しめたなんや不覚やわ…!モテ過ぎるっちゅうのも考えもんやな』
「聞いてんの?!違うから!全然話違うから!」
『やっぱ部長最高ですわー』
口元を手で覆って肩を揺らす光を思い切り睨んで、どうにか毎度毎度の勘違い暴走を止めたいけど火が点いてしまったものは易々と鎮火する訳もなく。
『せやけど部活辞めてどないするんや?嫉妬のストレスから解放されたとしても、今度は俺と一緒に居られへんストレスが溜まんねんで…』
「それストレスじゃないから!アタシにとって楽園だから!」
『待てよ……ははーん、分かったで?』
「へ?」
『名前は部活辞めて、家でご飯作りながら俺の帰りを待つつもりやねんな?部活で疲れて帰った来た俺に“お風呂にする?ご飯にする?それともアタシ?”っちゅうやつ遣りたいんやろ?せや、そうやったんか!』
「………………」
『確かにそういうのも有りやな…当然名前の手料理ならどんな怪しいもんが出て来ても平らげたるけどな、やっぱりそこは名前から頂くんが美味しいな!せっかくやし練習しとく?』
「ひかる、ジュース飲みに行こ」
『ええスよー』
『ハハハッ!財前に逃げるて、ホンマ照れ屋さんやなぁ…いざ口に出すと恥ずかしいとか俺の名前は可愛い可愛いシャイガールや!』
「いい加減黙って!!」
結局、アタシが一生懸命書いた退部届けは受理されることもなく原型を留めないくらいバラバラに破られてゴミ箱に捨てられてた。
(蔵って本当にアタシが好きなの?)
(20090728)
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