彼女の声、彼女の顔、彼女の性格
それら全てが愛しいんだ
charm.1-2迎えに行く彼氏
今日は放課後に委員会活動があって、保健室から直接部室へ向かうと既にジャージに着替えた謙也とダラダラ携帯を弄る財前が居た。
「謙也がもう着替えてるなんや珍しいな」
『そ、そ、そんな事ないで!今日も張り切って部活しよかー!』
「どないしたんや、明日雨なんとちゃうか?」
『しし失礼なやっちゃな!』
普段謙也も財前と同じで部室に来てはあれやこれやテニス以外の事やってるのに(ゲームとかゲームとか漫画とか)この張り切り様は違和感満載や。それに吃り過ぎ。
何かあったと思わされる状況に俺は財前に問い掛けた。
「財前、謙也は何隠してるん?」
『分からんのです?』
『ちょちょ、白石っ!何も隠してへんて!』
『誰か1人足りひんやろ』
「…………」
部室には小春とユウジも居てへんし千歳やってオサムちゃんやって居らん。
そんな中でこの言い様はただ1人を指してた。
「…謙也、名前は何処行ったんや?」
『ししししし知らへんっ!お腹痛いしか聞いてへんもん!!』
「お腹痛い?」
嫌ーな予感がして携帯を開けると新着メールが1件。
(お腹痛いけど愛してる!)
勿論それは愛しの彼女からで、直ぐ様コールを鳴らしたけど『お掛けになった電話は現在電源が入っておりません』
「何で引き止めんかったんや謙也」
『俺のせいちゃうやろ!!名前が勝手に突っ走って行ったんや!』
「それを止めるんがお前の仕事やろ!何の為のスピードスターや阿呆っ!」
『テニスの為に決まっとるわ!』
「外周10周走ってき」
『俺に当たるんはお門違いやで白石ぃ!!』
「20周にするんか?」
『行ってきます』
名前が居らへん事を謙也に当たって苛々を沈めようとするけど治まる訳がなく。
相変わらず携帯をポチポチ弄る財前に再度問い掛けた。
「今日は何処やと思う?」
『そろそろ立海辺りちゃいます?昨日“赤也の夢見た”とか言うてましたし』
「同感や…」
ハァ、と溜息吐いてみたって名前が現れることはない。
手の掛かる(寧ろ掛かりすぎ)彼女は可愛いけどほんまに困ったもんや。
こうして名前が家出を始めたんは1年の時、大会が終わって直ぐやった。あの時、他校生と仲良くなったんやーってはしゃいで可愛かったもんやから、俺も嫉妬しながらも「良かったなぁ」で済ませたんやけど…何を思たんか名前はフラッと居らんなってフラッと他校に遊びに行くようになった。黙って出て行って最近では“大好き”とか“愛してる”とか俺の機嫌を取った後に携帯の電源を切る辺り何気に確信犯や。
「柳生君にでも電話したらええか…」
別に連絡を取り合う訳でもないのに、この為だけに教えて貰った柳生君の番号を検索して発信ボタンを押す。
中々電話に出ん辺り嫌がる名前を説得してくれとるんやと思う。
そしてコールが途切れると、周りはザワザワとしてて時折車の走行音が聞こえた。
《も、もしもし?》
「名前ちゃん。今何処に居るんや?」
予感的中、電話の向こうの声は柳生君やなく可愛い可愛い名前本人。おずおずとした声に優しーーく返答する。
《えーと、歩道?》
「今すぐ帰って来なさい」
《まだブン太にも会ってないし真田とか精市にだって、》
「ええから帰って来なさい」
《や、やだ!無理!》
「…何回言うたら分かるん?」
あんまり甘い事を言うたらあかん。反抗する名前に徐々にトーンを落とす。
名前ちゃん、俺の言うてる事分かるやんなぁ?他の男と俺と、どっちが大事なんや?
《分かった、帰る!帰る、から…》
「ん、ええ子やな?」
ほら、そうしたら理解してくれる可愛い子なんや。
せやけどそう思たのは一瞬で、
《帰るけど!迎えに来てくれなきゃ帰らないから!じゃあバイバイ!》
「…………」
ツーツーと無機質な音を立てて一方的に切られた電話。
横では会話が丸聞こえやったらしい財前がクックッ、と喉で笑てる。
『俺が迎えに行ってもええですよー?』
「阿呆、財前にも任せられへんわ」
『ほな気を付けて行って来て下さい』
「…真面目に部活しといてな」
自分の好きな女の子は自分が面倒見る。況してや飄々としとるくせに名前ん事狙ってる財前に任せられるわけないやろ。
せやけど。
俺の彼女は何でこうもフラフラフラフラするんやろなぁ…俺はめっちゃ愛してるんやで?“名前バカ”って言われるくらい愛して愛して愛しまくってんのに。
「ほな行って来るわ」
必要な物だけ簡単に纏めた鞄を持って立海に向かいながら、名前にどんなお説教をしてやろうか考えてたけど、『蔵大好き』って言われたら簡単に許してしまうんやろうなぁって思う俺も大概重症っちゅうこと。
(200905)
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