08.
上手く言えないけど
純粋なんだと思った
vol.8 envy
昼休み、風通しの良い渡り廊下で皆一緒にお弁当を食べよう。きっと蔵はアタシに気を使って早く皆と仲良くなれるようにセッティングしてくれたんだと思う。プラス、謙也と深い仲になれっていうオマケが付いて。
『阿呆』
「え?」
『阿呆やって言うたん聞こえへんかった?』
「き、聞こえたけど何なの急に…」
よし、頑張ろ!なんて意気込んでたのに隣では紙パックのコーヒーをチューチュー吸いながら悪びれもなく悪口を言ってくる光。
一体何なの…せめて前触れってのが欲しいんですけど?
『皆で和気藹々としとる場合かっちゅう話』
「…とか言いながら2人っきりなんだけど」
『俺と2人になってどないすんねん』
昼休みになったら渡り廊下集合や、言った本人は『オサムちゃんとこ行って来るから先に行っとって』、お目当ての謙也も謙也で『ちょう用事あんねん、直ぐ行くから』って何処か行っちゃったし。
別に光と2人が嫌な訳じゃないけど好き好んで光と2人になった訳でもないのに。
「だって2人共ご飯の前に用事だーって行っちゃったんだもん」
『それはどうでもええねん。問題は何で謙也先輩と2人がええって言わんかったか、や』
「ふ、2人!?」
『謙也先輩ん事狙っとんならそれくらいするんが普通やろ』
「そ、そんな…」
そりゃ謙也と2人きりでお昼ご飯だとか超幸せだけど…!
でも2人だったらさ、あーんとかし合ったり、頬っぺたに付いた米粒をチューで取ってくれたり、人が居ないのを良いことにあわよくばそのまま押し倒されちゃったり……
「、やだやだ、そんなの恥ずかしいってば!!」
『全部丸聞こえで鬱陶しいんやけど』
「き、聞いてたとかプライバシーの侵害だよセクハラ…!」
『は?大声で妄想語っといてどの口がそないな事言うてんねん』
「ごごごめんなさい」
ちょっとしたジョークのつもりだったのに右手で思い切りアタシの頬っぺを掴んで顔を潰してきて。極端なおちょぼ口なんて可愛くないし顔が歪んだらどうしてくれるの!結構痛かったんだから!
『妄想に付き合うつもりは無いけど謙也先輩ヘタレやからあり得へんわ』
「ヘタレ…そうだ蔵が言ってた気がする…そんなにヘタレなのー?」
『ヘタレ過ぎて見とる方は面白いけど…あ、アレ見たら分かるちゃう?』
「何ー……」
ジンジンする頬っぺたを擦りながら指された方向を見ると1階には謙也が居た。
それだけなら良いけど、謙也と一緒に居るのは女の子で。ちょっと待って、これってまさか?
「ひ、ひかる…あれ、告白、ってやつじゃないの…?」
『みたいやなー』
「ええ…!」
謙也の用事って告白だったの?そんなのほほんと見てる場合じゃなくない?気になるけど盗み見なんて良くないし、ううんそれより謙也どうするの…!
「やだオッケーしちゃったらどうしよう…」
『心配なんや要らんから見てみ』
「え、」
言われたまま光の隣で覗いてると頭をわしゃわしゃ掻きながら俯く謙也。何て、返事するの…?
(あ、ああああんな、気持ちは嬉しいねんけど…)
(けど…?)
(お、お、俺、そういうんあかんのや…!)
(…無理ってこと?)
(あ、いや、ちゃうねん…ちゃ、ちゃうことないけど…ごごごめん!!)
謙也の戸惑う様子に光は失笑して、アタシは謙也以上に脳が上手く機能してない気がした。
『無理なもんは無理、嫌なもんは嫌ってハッキリ言えばええだけやのに』
「…でもこれも謙也の優しさ、じゃないの…?」
相手を思う気持ちがあるからこそ言葉を選んであげてる、アタシにはそう見えて。
だったらヘタレ、それがもう長所になるんじゃないの…?
『ハァ…相手の前にまず自分やろ』
「え?」
『言葉を選んでやるんが悪いとは言わへん。せやけど曖昧に返事されて、もし相手が勘違いしたら?もっと惨めになるんも向こうちゃうん?』
「、あぁ…」
『もし、自分に好きな女が居って誤解されるのも癪やし。まぁそれが謙也君のええとこやけど』
「―――――」
光の言ってることも一理ある。
もしアタシが告白してフラれるなら、その時は辛くてもすっぱり切ってくれた方が前に進みやすい。
だけどそれが謙也にとって最善の優しさだって言うなら、それも女の子からしてみれば幸せなこと。
ちょっと意外だし知り合ったばっかなアタシが言うのも可笑しな話だけど、光が謙也をちゃんと認めてることが単純に嬉しかった。
『堪忍な遅くなってしもて』
「あ、蔵」
『もうご飯食べた?』
「ううんまだ」
待たせてしもてごめんな、蔵が優愁に笑っても相変わらずにストローを啜る光が何か人面獣心にも見えるけど…心内では謙也みたいに蔵の事も理解して認めてるんだろうなって、そう思うとテニス部内のこの関係が羨ましくなった。
『あ、そういえばな、さっき擦れ違った奴が名前ん事可愛いって噂しとったで?』
「ええ!何それドキドキするー!」
『物好きも居るもんスねー』
「光っ!超失礼じゃん!」
『ハハハッ、名前と財前もすっかり仲良しやんなぁ』
「えー?どこ『堪忍っ!!』」
バタバタ足音が聞こえた瞬間、重なった声に自然と身体は反応する。さっきまで傍観者だったのに目の前に現れた謙也が、何となく切なくて。
冷静で居たようで、本当の本当は一丁前に嫉妬してた。
『なんや何の話してたん?』
『名前が可愛いっちゅう話』
「ちょ、ちょっと蔵、」
『なぁ、謙也もそう思うやろ?』
「何、何言ってんの…!」
この状況で下手なこと言われたら確実に凹むのに蔵ってば余計なことを…光も面白そうに見てないで何かフォロー入れてくれればいいのに!
2人に文句ばっか浮かべてむず痒い思いと葛藤してたけど、
『か、かか、か…かかかわい、と思う…で、』
「…………」
『可愛いの一言くらいサラッと言うて下さいヘタレ先輩』
『うううっさいわ!俺は白石とか財前みたいにタラシちゃうねん!』
『そういう問題ちゃうけどな』
吃って詰まって、さっきと同じみたく見えるけど、右も左も拳を作って紅潮した謙也はヘタレ過ぎて可愛かった。
困った顔じゃなくて照れた顔、すっごいときめくってば!
多分謙也は純真無垢なんだ。
END.
(20090625)
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