笑う、
うれしさ・おかしさで顔をやわらげたり声を立てたりする。
calf love
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眼も合わさん名前先輩の後ろを歩いてると、いつもと位置が違う俺を見て謙也先輩は眉を下げて憂愁な顔してた。
軽く口角を上げれば眉を下げたまま謙也先輩も笑って、部長と名前先輩の会話の中に入っていく。
きっと部長も俺等が別れた事に気付いてるんやろうけど、俺を覗いて普通を装う名前先輩に合わせて何も言わへんのや。
出逢った時みたいに、寧ろそれ以上に遠い距離に寂寥を感じずには居れへんくて、ゆっくりゆっくり歩いて徐々に先輩との距離を取れば男子トイレへ向かう。
「は、変な顔…」
背中を見るのが嫌で、隣に居てへんのが嫌で、1人になりたかったのに。鏡に映った自分の情けない顔に思わず失笑した。先輩の存在が自分の中でどれだけ占めてんのか、ハッキリ見えた。
「トイレ、…」
2年の校舎のトイレと言えば、そこにも名前先輩と過ごした時間がある。
テニス部に入部して1週間が経ったくらい、部活が終わって荷物を纏めてると名前先輩は顔を顰めてた。
『……無い、』
『うん?どないしたんや名前』
『蔵ー、アタシの携帯はー?』
『俺が持ってるみたいな言い方止めてくれへんかな、教室にでも忘れたんちゃうの?』
制服のポケットにも鞄にも入って無いみたいで『携帯ー』て嘆く先輩。
『じゃあ一緒に取りに行こ?』
『俺、オサムちゃんとこ行かなあかんし』
『えー…もう暗いのに1人で行きたくない』
『うーん…せやったら財前、一緒に行ってやってくれへん?』
「、俺です?」
急に振られて驚いたけど部長は『これでも暗いんが怖いっちゅう可愛い女の子やねんから行ったって?』て続けて、部長以外の男に気後れするらしい名前先輩は俺を愁いに見る。
そんな顔する必要無いのに。
「ええですよ、行きます?」
『いいの?』
「ええって言うてますやん」
『有難う!』
有難うを言う先輩は嬉しそうに笑うけど、初めから俺に言えばええのにって正直、部長が羨ましかった。俺が居らん1年間で2人はそういう関係を作ってきたんや、その1年の差が何や少し悔しかった。
『ね、光君、』
「何スか?」
『あのね、トイレ、寄ってもい?』
「どーぞ」
トイレに走って行く先輩を見送ってしゃがみ込むと、初めてあの人と2人きりになったんやっちゅう事に気付いて。
部長に見せる柔らかい顔はしてくれへんけど少しくらい近付けたらええなぁとか。柄にもない事ばっか浮かんで頭が痒くなる。
そんな中、トイレから出て来た名前先輩はしゃがんだ俺に気付いてへんみたいでキョロキョロ首を振って俺を探すもんやから声を掛けなあかんかなぁて。
「せ『っひかる!?』」
「、」
『ひかる、何処行ったの!?アタシの事1人にしないでよ…!』
「――――」
直ぐ横に居るのに気付かず俺を探す先輩は馬鹿みたいで滑稽で。俺の声も掻き消すくらいの雄叫びも煩くてしゃーないのに…せやのに、それ以上に可愛いって思てしもた。
“光君”やなくて“光”て呼んでくれただけで近くなった気がして有頂天になって、俺が居らなあかんて言うてる錯覚まで起こして笑いが込み上げる。
「クッ、ククッ…」
『え?』
「せーんぱーい?俺は此処に居りますよ?」
『え、嘘、居たの?!』
「ずっと居りましたわ」
『ご、ごめ…気付かなかった…』
暗くてハッキリ顔は見えへんけど明らかに周章狼狽してる名前先輩にまた笑いが止まらへんくて、立ち上がって先輩の手を掴む。
「1人にせえへんから、携帯取りに行くんやろ?」
『う、うん…』
「早よ行きますよ」
『あの、光君…なんかごめんね』
「ひかる」
『え?』
「光、でええスわ」
『………うん』
掴んだ手は指が絡められてあの日と同じ体温が脳を刺激する。
やっぱり、この人が好きや。
『あのね光、』
「ん?」
『今アタシ、メル友募集中なんだけど…』
教室へ向かう途中に言われた一言で余計に口角は上がって弧を作る。
今、暗くて良かったって心底思う。
「奇遇ですわ、俺も募集中やで?」
この日、俺とあの人の携帯はリンクした。
END.
(20090521)
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