俺とアイツ | ナノ


 


 05.



お疲れ様でした、200人の声がテニスコートに響いて今日の部活は終わり。監督の『うむ、行ってよし』の声を合図にそそくさと逃げるアイツが見えた。


『なぁがっくん』

「んあ?」

『監督の“行ってよし”今まで1日でも見いひんかったことある?』

「ねぇよ、てかどうでもいいよ」


榊監督の決め台詞に決めポーズなんか今更じゃん。寧ろあれが無いと監督じゃないだろ。
本当にどうでもいい事を改めて言う侑士に項垂れて、ジャージのまま鞄を持つ。


『岳人着替えへんの?』

「ちょっと急いでっから!」

『へえ…』

「じゃあな侑士!」


気ぃ付けやー、
侑士の言葉に返事をする変わり、背中を向けたまま右手を挙げて駆け足で学校を出る。
校門を出ると相変わらずボテボテゆっくり歩くアイツが見えた。


「名前ー!」

『、』

「どうせ1人で帰るんだろ?一緒に帰ろうぜ」

『それは良いですけど、向日先輩ジャージで帰るんですか?』

「だってお前がさっさと行くからじゃん。俺はストーカーじゃねぇから名前ん家なんか知らないし」

『言っときますけどアタシだって侑士先輩の家なんて知りませんからね』

「どうだか」

『本当ですってば!』


うーん。リアルなストーカーなら家くらい調べてそうだけど知らないとなれば…アイツが言う様に部活中、少しの間だけ侑士を見てれば良いんだったらストーカーってのも撤回してやってもいいかな。


『っていうかアタシの事追い掛けて来る向日先輩の方がよっぽどストーカーっぽいですよね…』

「……何だって?」

『ご、ごめんなさ…!痛いです!痛いから離して下さい!』


やっぱ撤回取消。
他人の行動を逐一メモに残す辺りストーカー以外何者でもない。
アイツの頬っぺたをつねりながら頷いた。


『はー…痛かった…』

「今度ふざけた事言ったら今の倍力入れてやるからな」

『超理不尽じゃないですか!先輩はアタシに言うくせに…』

「俺はいーの。本当の事だし」

『アタシからすれば向日先輩も本当に――』

「名前」

『――……何でもないです…』


口をへの字にするんじゃなくて窄めて、ギリギリ聞き取れないくらいにブツブツ文句を言うアイツ。
怒ったフリしてみたって内心はアイツの反応ひとつひとつが面白くて一々ツボってる。本当、変なストーカー。


『あの、向日先輩』

「うんー?」

『喉渇いてないですか?』

「何、奢ってくれんの?」

『メロンソーダ買って下さい』

「は?」

『もうアタシ、ストーカーで良いのでそう言ってるお詫びに買って下さい。さっきから喉が水分を欲してます…今すぐ飲まなきゃカラカラでゾンビになっちゃいます…』


何だそれ。
やっとストーカー認めたかと思えばお詫びっておい。つまり認めてねぇし俺が悪者じゃんよ。
しかもゾンビってどうなんだよ。


「なればいーじゃんゾンビでも何でも」

『えー冷た…』

「大体何でメロンソーダなんだよ!滅多に自販にも無いじゃんふざけんなよ!」

『だって炭酸が恋しいし…』

「コーラにしとけよ!」

『大丈夫です!ほら、コンビニあるし』

「……………」


狙ってただろ、言いたくなるくらいタイミング良く5メートル先に見えるコンビニに憂苦な顔せずには居られない。
そんな計算した話、意地でも乗ってやんねー!そうは思ったけど、善いこと閃いちゃった俺。


「名前」

『はい?』

「分かった、しょうがないから買ってやる」

『やった!向日先輩優しいんですね!』

「但し」

『え?』

「条件がある」

『……やっぱり、優しくないかも…』


そうとなれば、アイツの腕を引っ張ってコンビニに駆け込んで。ドリンクコーナーの冷蔵庫を開けてメロンソーダ2本、アイツの分と俺の分をレジまで運んでちょうどピッタリ小銭を出した。


「ほら」

『あ、有難うございます…』

「有難く味わって飲めよ」

『はぁ…そ、それで条件て言うのは、』


炭酸飲料独特な開封時に出るプシュッとした音、それに爽快感を得て一口ごくりと飲んだら俺まで潤いに満たされる。
反面、まだ開封すらしていないアイツはメロンソーダをぎゅっと握って憂愁を浮かべて。面白そうにニヤリと口角を挙げてやると、ピクリ肩が跳ねて瞠若した。
うん、ウケる。


「何だよ構えちゃって」

『だ、だって、何言われるか分かんないし…もしかしてアタシの身体を狙ってるとか「本っっ当ふざけんなよ」い、いひゃいっへは!』

『もう…冗談なのに今日の先輩暴力的…』

「うっさい」


宣告通りさっきよりずっと力を込めて両頬をつねってやると、ぶにぃと頬っぺたも顔全体も伸びて眼鏡が浮いた。普通に笑いそうになったじゃん馬鹿。


『何なんですか向日先輩てば…』

「それ」

『は、』

「ソレ止めろ」

『え?ソレって、』

「“岳人先輩”」


当然、条件てのは身体でもなく名前のこと。


「これからそう呼ばないと振り向いてやんねぇから」

『ええ?』

「向日先輩っつったらシカトしてやるかんな!」

『ちょ、ちょっと向、岳人先輩!?』

「なんだよ」


侑士との違いはそこ。
確かにそれを感じて、初めて呼ばれた名前に莞爾しまくって振り返るとか、俺もふざけてんのかな。


(名前で呼ばれたかったんですか?案外可愛いんですね…)(ちっげーよ!皆岳人って呼ぶから名字は違和感あるだけだろ!)(じゃあアタシも名前で)(馬鹿っ!もう呼んでんじゃん)(あ、そっか)


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がっくんが好きな方には分かるかと思われる名前ネタです。
あの一言が言わせたいが為だけに書き出したお話。

(20090702)


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