「うげ、」
朝眼が覚めて携帯を開くと表示された時刻は朝練開始15分前。
やっべ遅刻する、ダッシュで顔洗って歯を磨いて制服に着替えて家を飛び出した。
スタミナ使うのは得意じゃないけどそうも言ってられなくて全力疾走。漸く見えた学校を確認して、門まで回らず塀を飛び越えれば今日のジャンプも冴えてるーなんて気分も良くなったのに、
「よっ、と」
『え?』
「げ!お前何でそんなとこに、退け!良いから退け!」
『え、え、ぎゃあ!』
着地点には狙ってたのかと言いたくなるほどタイミング良く居たアイツ。
俺自身かなり驚いて避ける余裕も無く見事下敷きにしちまった。つか痛ぇ。
「悪かったな、まさかお前が居るとは思わなかった」
『む、向日先輩、何で空から現れるんですか…痛いじゃないですか…』
「いいじゃん!その表現気に入った」
『ええ…そこですか』
「ハハッ、何せ跳んで来たしな!格好良いだろ?」
『侑士先輩のが格好良「黙れよ名前」』
二言目には侑士侑士って、馬鹿のひとつ覚えかっつの。
制服に付いた土を払ってアイツを起こしてやろうと手を伸ばすと脛からはじんわり血が滲んでて。
「名前、怪我してんじゃん!」
『これくらい大丈夫ですよ』
「阿呆!早く言えよ!」
『だ、大丈夫ですってば、』
「行くぞ」
『何処に、』
「部室に決まってんだろ」
『え?』
起こしてやった手をそのまま引っ張って保健室顔負けの治療薬が揃った部室に一直線。
もしかしなくとも自分のせいで怪我させて、格好良いとか言ってる場合じゃないじゃん。格好悪過ぎ。
『む、向日先輩…大袈裟です…』
「だーまーれ。女が傷作ってそのまま放置しようとしてんじゃねー」
『お言葉ですけど向日先輩のせいですよね…』
「だ、だから手当てしてやってんだろ!悪かったってば!」
『あはは、すみません言ってみたかっただけです。気にしないで下さいね』
「良く言うよ…ほら出来たぜ」
消毒液を振り掛けて血を拭き取ると思ったより小さい傷に安心して。ちょっとみっともないけど絆創膏を貼りつけてやれば『有難うございます』とか莞爾するから、不謹慎だけど役得とか思うじゃんよ。
「名前、やっぱり侑士見に来たんだ?」
『そうですよー?向日先輩が来いって言ったじゃないですか』
「…ノートも?」
『勿論!』
「あそ…」
ストーカーは止めらんないのなー、呆れて左に視線を移すとガチャンとドアが開く音。
『岳人何やってんねん……と、お客さん?』
「あ、侑士」
『ははーん…岳人、気持ちは分かるけどなぁ部室に連れ込んで跡部に見付かったらドヤされんで?』
「どんな妄想してんだよ。塀を飛び越えたらコイツが下敷きになって怪我しちまったから手当てしてただけじゃん。救急箱出てんの見えてるだろ」
『へぇ、お嬢さん災難やったなぁ…』
『あ、あの、』
『がっ君も悪気は無かったんや…許したってな?』
『は、はははい!』
そうだ。アイツは侑士が好きなんじゃん。
初対面で俺にはすんげー嫌な顔してたくせに真っ赤になっちゃって。この差は何だよ。
「侑士、他人行儀にしなくたってコイツの事知ってんだろ?」
『え?』
『えっと、2週間前に教科書を届けて貰って…』
『ああ、あの時の子やってんか…名前ちゃん、やった?』
『そ、そうです…』
『あれから忘れ物してへんか?』
『お陰様で…あれ以来気を付けてます…!』
『そうか、偉いな』
『いえ、全然!』
なんだこれ。
俺思いっきりお邪魔虫じゃん。あーあ、面白くねぇのなんの。
『ほな俺は先行っとくから岳人も早よ来るんやで』
「分かってるよ」
『どうやろな』
含み笑いで出て行く侑士が厭に鬱陶しい。アイツ何の為に入って来たんだよ。
寧ろ俺が出て行くから名前ともう少し喋ってやりゃいいのに。
『あの、向日先輩?』
「ん?」
『有難うございました…!先輩のお陰で侑士先輩とお話出来て…名前も覚えててくれて嬉しかったです』
「ああ、良かったな」
『本当に感謝してます!』
「分かった分かった」
『じゃあアタシもそろそろ行きますね、有難うございました』
「同じこと何回も言うなって」
何回有難うって言ってんだよ、そのしつこさが若干気に入らなくて顔を顰めたのに、
『違います、こっちです』
絆創膏を指してさっきみたいに笑うから。
「もう怪我すんなよ」
顰めた顔は頬っぺたの筋肉を空へと上がった。
(だから怪我は向日先輩のせいじゃないですか…)(やっぱお前しつこい)(やっぱって何ですか!)
(20090624)
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