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 06.



(ver. クラスメイト・佐々倉和馬)


ほぼ毎日行われる部活は今朝の試合だけで解散になった。土曜日の昨日は丸一日サッカー漬けだったし、今日の午後くらいゆっくり休養したって悪くは無い。だけど何となく真っ直ぐ家には帰りたくなくて、適当な道を選んではのんびりと足を進めてた。


『あ!もしかして佐々倉君?』

「え―――」


そんな中、耳に入った声。普段学校で追い掛けてる声なだけあって他の誰かと聞き間違える訳が無い。だけど、適当に歩いて来た道で、日曜の昼下がり偶然にも好きな女の子に逢えるなんてそんな都合の良い話し、少し疑いたくなるのは普通だろ?


『やっぱり!何してるの?』

「、日向さん…」

『何してるっていうか、ジャージで荷物持ってれば佐々倉君だとサッカー以外無いよね!お疲れ様』

「あ、ありがとう」

『どしたの?何か元気無いみたい。疲れてる?』

「いや、そうじゃなくて」


まさか、こんな所で逢えるなんて思ってなかったから
心の声がそのまま口に出たらしく、彼女は少し照れた様にはにかんだ。
普段だったら神様とか、運命とか、そんなものはあんまり信じてない方だけど今日は信じたくなる。真っ直ぐ家に帰らなかったのも、この道を選んだのも、偶然の中の必然だって。


「正直、逢えて嬉しい。私服姿初めて見れたし」

『そんな言い方されると少し照れる、かな』

「照れてくれたらもっと嬉しい」

『もう。今日の佐々倉君はいつもに増してお上手デスネ』

「あー、信じてない顔してる」

『さぁ、どうでしょう?』

「言っとくけど、顔赤いの、隠せてないから」

『そういう事は黙っておくのが紳士だよ…』

「ククッ、ごめんごめん」


何気無い会話。それだけで積もってた部活疲れも飛んで行く。休日は彼女に逢えないから月曜になるのが楽しみだったのに、今は日曜日が最高で、どうにかこの場を続かせたい。


「日向さんは何してたの?」

『アタシは買い物!沢山写真が入る壁掛けの写真立て欲しくて』

「それ、俺のも入れてくれるの?」

『え?』

「今度一緒に写真撮って入れてほしいなぁ?」

『ええと…考えておきます…』

「さーんきゅ。だけど家ってこっちだったっけ?」

『あ、そうそう昨日引っ越ししたとこなんだ!』

「そっか、それは日向さんもお疲れだ」

『ありがとう、でも平気だよ、まだ半分くらいしか片付け終わってないから』


昨日は荷物運ぶだけで精一杯、そう言いながら笑う彼女を見て閃いた。
彼女ともう少し一緒に居たい。それなら引っ越しの手伝いをすればどうかって。彼女の役に立つなら自分も幸せだし、彼女の家だって行ってみたい。そして、少しでも彼女が俺を見てくれれば良いのにって、欲が湧く。


「俺、手伝うよ?」

『大丈夫大丈夫、それは流石に悪いから』

「俺が手伝いたいの。それに男手あった方が良い事だってあるだろ?」

『それは、そうだけど…』

「迷惑じゃないなら是非使ってやって」

『そりゃアタシは迷惑じゃないよ!有難いけど…部活で疲れてるのに悪い、よ』

「へーき。俺って疲れ知らないし。今日向さんに逢って元気なったから」

『またそんな事言う!まあ、でも…それならお願い、しようかな…』

「はい。こき使ってやって下さいお嬢様」

『あはは!なにそれ!』


ちょっと強引だったかもしれないけど。俺の粘り勝ちって事。
でも、手伝うって言ったからには一緒に居たいっていう下心だけじゃなくちゃんと働きますとも。ありがとうって言われるの、すげー嬉しいから。


「へえ…綺麗なマンション住んでんだね」

『そうなんだ。アタシも昨日ビックリした』

「っていうか、コレ、独り暮らし…?」


暫く歩いて彼女が住むマンションへ到着すれば、エントランスのオートロックを開けて更に一室の鍵を開ける。部屋の中には段ボールが積まれてるけどそれは大した問題じゃなくて、どう見たってワンルームの独り暮らし専用の部屋だった。


『独り暮らしじゃないよー!パパの再婚相手の美和さんが社長さんでね、このマンション持ってるんだって』

「も、持ってる、ね…」

『それでキョーダイが多いから、自室として皆それぞれ一部屋貰って、5階がリビングっていうちょっと特殊な家になった訳です』

「へえ、凄いな…でも羨ましいな。家族が増えるって良いよな」

『うん!アタシもそれが嬉しいんだ!』


彼女の新しい家庭環境には驚かされたけど、早速買って来たばかりの写真立てを出して、彼女と彼女のご両親3人が写った写真を飾る姿を見ると口角が緩く孤を描く。両親の再婚というのは自分では想像出来ないし、少なからず戸惑う部分もあったと思う。それでも新しい彼女の母親の写真を見て微笑む横顔に、やっぱり優しい女の子なんだって実感した。


「じゃあ、俺はきりきり働くとしますか!運ぶの指示して」

『あ、えっと…まずはこの棚をあっちに…』

「りょーかい」


棚、テレビ台、テーブル。次々と運んで位置を確定して行く度に見えて来る彼女の部屋。シンプルなのに女の子をした部屋の造りに、自分の部屋とはやっぱり違う事を感じて良いなぁ、とは思わずに居られなかった。
此処に通える日が来れば良いのに、流石にそれは贅沢な話しなんだろう。


『うん。良い感じ!』

「大きい物はこんなもんだよな、後の細々した物は俺が手伝わない方が良いだろうし」

『よくお分かりで…』

「顔に書いてあるから」

『えっ』

「なんてね?じゃ、俺はそろそろ帰るよ、長居したら家族の人に心配掛けるから」

『あ、下まで送る!』


半ば無理矢理押し掛けて来ておいて、これで引き際悪かったら流石に格好悪い。名残惜しい気持ちは勿論あるけど一緒に日曜日を過ごして一緒に部屋を造らせてくれた事を大事にしようと思った。


『佐々倉君、本当に有難う!すっごく助かったから今度お礼する!』

「お礼なんて良いのに」

『だって本当に働いて貰ったし…片付いてなかったからゆっくりも出来なかったでしょ?』

「……それなら、ひとつ良い?」

『何でも言って!アタシに出来る事なら、だけど』

「それは平気。今日さ、今までより仲良くなれたって俺的には思ってんの」

『うん?アタシもそう、かな』

「本当?だったら俺は佐々倉じゃなくて和馬」

『、え?』

「お礼はそれね、名前ちゃん?」

『、』

「じゃあまた明日学校で」


我ながら狡い自己満足だと思う。彼女の負荷にならないように、だけど自分に利があるように。
でもさ、好きな女の子だから名前で呼びたかったんだ。小さな事だけど、それだけで近付けた気がするから。


『あ、あの!有難う、和馬君!!』

「―――――」

『また明日!』


働いたご褒美という様に直ぐに対応してくれる彼女を心底愛くるしいと思った。こんなに自分の名前が好きだと感じた事だって無い。
だけど…。
後ろで叫んでくれる彼女に振り向けず、前を向いたまま手を振ったのは、思ってた以上に名前を呼ばれる事が幸せだったから。
当たり前に自然に名前を呼びたい。呼ばれたい。でもこの幸せを忘れたくないとキュッと口唇を噛み締めた。



(20120612)





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