05.
(ver. 朝日奈家長男・雅臣)
あれから十男の依織と八男の琉生が帰宅したあと皆で夕飯を済ませた。食事中、今日に限らず普段から仕事で留守にしがちな十二男の風斗がテレビに出ていて話題になれば、僕等の妹は弟が人気アイドルという事で至極驚いたらしく箸を持つ手が止まってた。
男だらけの初めての兄弟、初めての環境、風斗だけじゃなく個性の強い家族が揃ってるもんだから彼女がこの生活に億劫を感じないか、僕にとっても初めての妹なだけあってそれが一番心配だった。
「さて。弥も寝たし僕も休もうかな」
リビングでテレビを見ながらうたた寝を始めた弥を部屋に連れて行って寝顔を見たら、僕の1日も漸く終わった気分で安堵の息が漏れる。静かにドアを締めて自室へと帰ろうとした時、通路から見えたのは暗闇の中1人でエントランスを抜けようとする彼女の背中だった。
「え、こんな時間に何処行くんだろう…まさか、家出…?」
早速僕の心配が当たってしまった、こんな生活に付いて行けないって家を出て行くんだ、瞬時にそう悟った。
慣れるまで厳しいのかもしれないけどまだ初日なのに。否、初日だからこそ不安が急激に募ったのかもしれない。女の子は思ってる以上に弱い生き物なんだから。
早く追い掛けなきゃ、僕は部屋へ戻る足を返して階段を駆け降りた。
「名前ちゃん!」
『え?あ、』
「出て行くにしても、こんな時間は、駄目、だよ…」
急な運動でハアハアと息切れする身体を制して彼女の腕を掴むとまた面食らった様に眼を丸くした。きっと僕が追い掛けて来るなんて想像してなかったんだろう。誰にも見付からないように見計らって出て来たに違いない。でも、そんなの寂しいでしょ?
『そ、そうですね、ごめんなさい…でも』
「でも?」
『夜風にでも当たりたかったから』
「…そんなに窮屈だった?」
『え?』
「皆もそうだと思うけど、僕はキミと仲良くなりたいし、妹が出来るって事が嬉しかったんだよ」
『まさ、』
「慣れるまでは大変だろうけど慣れれば楽しいと思う。それでも、どうしても此処で生活出来ないって言うなら仕方ないけど…」
『…え?』
「だけど出て行くにしてももっと時間を考えて。母さん達の所へ行くにしても明日改めて―――」
『あの、申し訳無いんですが話しの意図が見えないんですけど…』
「、へ?」
『何の話しですか?』
「え……?」
正しくはこうらしい。
此処へ来て驚きの連続で、それに伴い家族が増えた嬉しさと、思ってた以上に兄弟達が優しくて変に興奮しているから夜風に当たりながらジュースでも買いに行き冷静になろうと。
僕の心配は大袈裟なただの杞憂だったという訳だ。
なんか、一気に肩の荷が降りた気分だよね。
『本当、ビックリしましたよ!雅臣さん凄い剣幕だったから』
「そうだよねぇごめんね、僕もかなり動揺してたみたい」
『あはは、引き止めに来てくれたのは嬉しいですけどね』
「でも、どっちにしろ遅くに1人で出歩くのは感心出来ないかな」
『そう、ですね…ごめんなさい』
僕の勘違いをはにかむ様に笑ったら今度はしゅんと申し訳無さそうな顔を浮かべる。
コロコロと子供の弥みたいに表情を変えるのを見たら自分も顔の筋肉が緩むのが分かった。
「だから、僕も付き合うよ」
『!』
「2人で散歩、しようか」
途端また、心の底からはにかんだ彼女が可愛くて。
彼女は弥とは何か違うんだって、何とも言えない気持ちが渦巻いた。
「じゃあ、この生活も頑張れそう?」
『頑張るも何も皆優しいから、甘えてばっかりになりそうでそっちの方が不安です』
「そっか。甘えて貰ったら、皆喜ぶよ?」
『その内鬱陶しいーって思われちゃうかも』
「そんな筈無いよ、名前ちゃんは良い子だから」
『え、』
「ジュース、皆の分も買うつもりだったんでしょう?」
彼女のズボンのポケットから見えるのはそれなりのサイズになりそうな折り畳み式の袋。
1人分のジュースなら、そんな袋は要らないからね。本当に優しいのはどっちなのかな。
『あはは、見透かされるって、恥ずかしいですね…』
「そうかな?」
『だけど良い子、じゃなくて賄賂かもしれませんよ?』
「賄賂?」
『愛想を振り撒いておこう、みたいな』
「はは、それでも良く気が回るって事だから」
『―――、なんか雅臣さんには適いそうにないです』
「どういう意味?」
『言葉通りです!』
「そうかなぁ?僕なんて兄弟の中じゃ全然だよ」
『アタシにとってはもう、大きな存在ですから』
「僕も。妹って、初めてだからかもしれないけど大事にしたくなるね」
生意気な態度も無い、ガサツさも無い、身体の大きさも笑い方もまるで違う。
無意識に守ってあげなきゃって、思わされる。
「だから、僕に出来る事は何でも言ってね。名前ちゃんの為なら頑張るから」
『それなら早速お願い、良いですか?』
「うん?」
『生意気だって言われるかもしれないけど』
「なに?」
『まー君』
「っ、」
『アタシも、弥ちゃんみたいにまー君て、呼びたい!』
「―――――」
『です…駄目、ですか?』
まー君
呼ばれ慣れたあだ名なのに。心臓を捕まれた気がした。
「…駄目じゃ、ないよ」
『本当ですか?!』
「うん。家族に敬語も要らないから、仲良くしてくれたら嬉しいな」
『――、ありがとう、まー君!』
屈託無く笑った彼女、そこから出される自分の名前。
彼女の声が暗闇に響いて、やっぱり弥とは違う特別なんだって実感したのは月明かが妖艶な所為なのかもしれない。だけど確実に、彼女を愛しいと想った自分が居た。家族なんて都合良い言葉を並べて。
(20120611)
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