08.
待ち遠しかったドキドキは
暖かい春風みたいなの
ベタ8. ドキドキ
いつもなら布団に入って1分もしない内に直ぐ寝てしまうアタシが、今日は何だか興奮して全然眠れなかった。
『名前ちゃんおはよう、今日は自棄に早いね』
「うん、昨日寝付き悪くて」
『じゃあ寝不足気味なんじゃない!?そんな身体で学校行って倒れたりしたらいけないから休んでいいんだよ!それならパパも会社休んで一緒に寝るから!』
「毎日似たような会話させないでよ」
昨日の夜は拗ねてたくせにもう立ち直ったらしいパパがある意味偉大で、飽きもせず同じ会話を繰り広げるパパがやっぱり鬱陶しい。
『でも寝不足でしょ?……そんな身体に鞭打ってでも“白石君”に会いたいわけ?』
「何言ってんのって言いたいとこだけど当然じゃん!アタシの学校生活は白石君の為にあるようなもんだもん」
アタシがこの世に生まれてきたのも大阪に来たのも白石君に逢う為、それが定められた運命でしょ?
睡眠不足だって普段ならありうる脱力感とか疲労感とか全然無いもん、やっぱり愛じゃん?
『名前ちゃん…いつからそんな破廉恥な女の子になっちゃったの……もうパパはショックでショックで生きていけな「行って来まーす」』
今の言葉の何処が破廉恥なのか分からないけど長々ウダウダと続けそうなパパはやっぱり適当に無視するに限る。
お弁当も持った、鞄も持った、歩き食いの為のカロリーメイトチョコ味を口に突っ込んで、いざ白石君の元(またの名を学校)に行こうとエントランスまで走ると、
「…ひ、ひかる、くん?」
イヤホンをしてウォークマンをした光君がコンクリートの壁にもたれてた。
『あ。意外と早いんや』
「は、早いじゃなくて…どしたの?」
『通り道序でに待っとったりました』
「――――」
昨日の一件で警戒心はあった筈なのに、待っててくれたなんて言われると…
乙女なアタシとしては白石君が居たとしてもドキドキしちゃう。(白石君ごめんなさい!)
『ソレ、ええもん持ってますね』
「え――……」
真ん前で光君のドアップが見えたと思うとパキンと音が鳴ってカロリーメイトが2つに折れる。
『今日もご馳走さん』
「っ、」
今、今、何が起こった?
口唇は触れてないけど、八重歯を見せた光君が…
『早よ学校行きますよー赤い顔冷めるん待ってたら遅刻してしまいますわ』
「あ、あ、ああアタシ!!ううう運動がてら、走って行くから、お先に…!」
『は?』
「ま、またね、光くん!」
ククッ、喉で笑う声が聞こえたけどソレに反抗する言葉なんか持ち合わせてなくて、余裕だって全然なくて、上昇しまくる熱を誤魔化す為に全力疾走。
どうしよう、
光君にときめいてる場合じゃないのに、
アタシの心臓は白石君の為に動いてるのに、
昨日に引き続き疾しい事が増えたみたいで苦しい。(アタシ本当に浮気性なの?)
同じ制服を着た人やスーツを着たOL、サラリーマンの群れを掻き分けてバタバタ走るけど全っ然スッキリしなくて。
自然的に息苦しくなる身体が益々不愉快で、またしても何も無いところで跌くアタシは学習能力に欠ける。
ああ、地面がアタシを待ってる、なんてぎゅっと眼を瞑ると痛々しいコンクリートの感触じゃなく、ちょっと痛いけど暖かい気がした。
『セーフ』
「、」
『同じとこ擦り剥いたら痛いからな?』
「しら、いし、君…」
『おはよ名前ちゃん』
アタシが転ばない様にクッション代わりになってくれた白石君は相変わらず優しく笑ってて。
白石君の腕に居たことにやっと気が付けばもっともっとドキドキする。
「ご、ごめん、白石君…」
『ちゃうやろ?そういう時は“有難う”や』
「そ、か…ありがとう…」
『いいえ、目の前で名前ちゃんが怪我するなんや有ってええ事ちゃうねんから』
「…………」
胸がきゅーんてなるのは白石君だから。光君にときめいても、こんなに暖かいって思えない。ただ慣れない事と光君独自の色気に当てられるだけなんだ。
やっぱりやっぱり、アタシは白石君が良い。
『もう学校、目の前やけど一緒に行かへん?』
「うん…」
『ほな、はい』
「え?」
『また転ばへんようにおまじないや』
包帯を巻いた手を差し出してくれる白石君は、本当に王子様みたいだった。っていうか走ったせいで汗ばんでるアタシを気持ち悪く思わない白石君が素敵!(白石君!もうこの手を離したくないです!)
(20090608)
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