あの公園付近で彼女が居ないことを確認して地に足を付けた。
擦れ違う他人は俺を視界に入れる事無く通り過ぎて、不意にぶつかる肩と肩は空気と変わらず擦り抜ける。
物理的な物は触れる事が出来ても相対する人間は互いに存在しないも同然やった。そんな中で何で彼女に触れる事が出来て話す事が可能なんか…それは何か意味を為すのか…多分、公園に足を向ける理由は其処にあるんやと信じてた。
『あ、蔵ーっ』
「今日も来たんや?」
『それアタシの台詞だし!』
「そうなん?」
『アタシに会いたくて来たんでしょ?』
「どうやろなぁ」
既に公園に居ったらしい名前はブランコに揺られて手を振る。
つられて手を振る、なんてことはないけど、今日も会話が出来るっちゅう事には溜息が出た。
“もう話したくなかったのに”
“彼女を知る必要なんや無いのに”
『蔵、蔵、』
「ん?」
『今日は自殺しようとしてない?』
「せやからアレは自殺するとかそんなんちゃうって言うてるやろ」
何度も同じ事を繰り返す名前に鬱積を向けて視線を逃がすと、頭に何かが当たって軽い痛みが走った。
「痛…、靴?」
『ごめーん、ローファーが飛んでった!』
「…わざとやろ」
まさか靴を投げられるなんや思わへんくて、横に転がったローファーを見て青筋が浮かぶのが分かった。
『わざとじゃないってば!』
「あーあ、投げ捨てたっちゅう事は“要らん”て事やんなぁ?もう捨ててええんやろか?」
『す、捨てるとか酷い!ローファー無いと裸足じゃん!』
「靴下履いてるんやから平気やろ?自分が取った行動は責任持たなあかんで?」
『ご、ごめんなさい…』
ここぞとばかりに笑顔を向けて、次第にゆるゆる動きを鈍くするブランコと共に項垂れる名前を見て仕方なくローファーを運んだ。
途端、ローファーに足を入れてニンマリ笑うもんやから、やっぱりゴミ箱にでも入れてやれば良かった、なんて。
『やっぱり格好良いよね』
「は?」
『蔵はそのくらいのが格好良いよ』
「…………」
『何に悩んでるかなんか知らないけど今の方が好きー!』
勝手ばっかりで腹立つけど。汚ない靴投げ付けて怒らせて、格好良いとか、ホンマ頭に来るけど…せやけどそれが“心配”っちゅう事やったらって思うと、父さんと母さんがくれた温もりと重なった。
「名前に好きとか言われても嬉しくないわ」
『まったまたー!照れ隠しはいいから素直に喜んでよ』
「ちゃうって言うてるやろ」
『でもアタシは好きだもん』
「、」
『アタシの事好きな蔵が好き』
「…自信過剰や」
俺がいつ「好き」言うた?
一言も口にしてへん。寧ろ「嫌い」やねん…アイツ等も、アイツの娘も。
せやのに“温もり”とか…俺は何を考えとるんやろう。
「俺、帰るわ」
『え?もう?』
「別にええやろ」
『えー…』
「話す事、無いし」
『あるよ!』
「っ!」
頭の次は頬が痛くて、左頬はぎゅっとつねられた。
自然とシワが寄る顔で見据えると、名前はしゅんと眉を下げてて。
『話す事ならいっぱいあるもん…』
「…………」
『アタシと蔵が出逢ったのは運命だよ』
「運命?」
『だって好きだもん、好きになったなら運命だよ』
「そんな訳な『ある!』」
『あのね、偶然の出逢いでもそれが運命だって信じる方がロマンチックでしょ?だから蔵もアタシの事好きになろ?明日も明後日も一緒に遊ぼう?』
「…………」
そんな顔、せんでええやろ?
俺と逢うたのなんか昨日なんやで…昨日今日で好きとか嫌いとか何でやねん。それに昨日は『俺が望んだら』て言うてたくせに。
矛盾ばっかり、そんな艶笑要らへん。
対して、徐々に力を無くしていく彼女の手を振り払いたかったのに出来ひんかったのは、確かに心の片隅で“温もり”を求めてたから。
無意味な“運命”という言葉に俺は、彼女に興味を持ってしもたんかもしれん…触れて欲しい、なんて、馬鹿みたいや。
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