彼女は俺の手を握って公園まで足を進めた。
両親以外、誰かと手を繋いだのはあの子しか居てへんくて。初めての友達やったあの子は今頃何してるんやろなぁって、名前も思い出せへんあの子の事を歩く途中ずっと考えてた。
あれ以来、いつ邸へ行っても会われへんかったあの子は…やっぱりアイツ等に何らかの形で無いモノにされたんかもしれへん。そう思うとじんわり瞼が熱くなった。
『何か飲む?』
「いや、要らん」
死神になってからというものお腹が空くこともなくて、喉が渇くなんや無論なくて、更にお金を持ってる筈が無い俺に『まぁまぁそう言わずに』と、彼女は自販機で缶コーヒーを2つ買って差し出した。
『コーヒー、飲めるよね?』
「あ、あ…」
正直に言うとコーヒーは口にした事が無かった。
死神になってから何も口にしてないし、人間として生きてた頃やって飲み物と言えばお茶か水で…
初めての飲み物に動揺しながらも見様見真似でプルタブを開け、ちゃんとソレを体内へ取り込めるかも分からんまま口の中へ流し込んだ。
「っ、」
『え、どしたの?』
「む、むせただけや…」
『むせたとか!アハハ面白いー』
口に広がるのは甘くて苦い何とも言えへん独特な味で、想像する事も出来ひん“コーヒー”というものに自然と眉間にシワが寄る。
そして、こんな身体でも飲食が出来る事を初めて知った。
『コーヒー美味しいよね、ブラックは飲めないけどカフェオレくらい甘いの大好きなんだ』
「うん」
確かに、良く良く味わうと俺も嫌いやないなって。
『ねぇ、同い年くらいに見えるんだけど幾つ?』
「…17、やな」
『やっぱり!同い年だ!学校は?』
「学校なんや行ってへんよ」
『じゃあ働いてるの?』
「んー…どうやろ、働いてる、っちゅうんかな」
『意味深だね?』
まさか死神やってます、お前を殺しに来ました、
そんな事言える訳が無い。
曖昧な言葉を並べる俺に、彼女はそれ以上首を突っ込む事無く次の話題を持ち出した。
『じゃあさ、好きな人居る?』
「…自分は居るん?」
『アタシは居るよ』
「フーン。彼氏なん?」
『彼氏、ではないかな。だけどずっと好きなの』
「……………」
『もうずっと会ってないんだけど…きっと元気にしてるよね』
俺にとって“好き”っていう感情はとっくに無くしてしもたモノ。
両親への家族愛、それからあの子には…友達としてか、子供ながらに異性としてか、今じゃ分からへんけど“好き”やった気がする。
せやから厳密に“好き”っちゅうのはどんなもんか、良く分からへん。どんな感情やったんやろう…
『名前、何て言うの?』
「蔵ノ…、蔵…蔵や」
『蔵?良い名前だね、格好良い』
「……………」
正しくは“蔵ノ介”やけど…それでも唯一両親が残して貰た名前を褒めてくれるんは素直に嬉しかったんや。
わざわざ名前なんや名乗る必要無いのに、彼女と話してると、彼女の笑う顔を見ると…答えたがる自分が居る。
『じゃあさ蔵、』
「うん?」
『蔵はアタシの事好きになってよ』
「え?」
『はい決定、今から蔵の好きな人はアタシー』
「な、何言うてんねん…自分は好きな男居るんやろ」
『蔵がそうして欲しいって言ったらアタシも蔵の事好きになるよ?』
「何やそれ…」
勝手な事を勝手に言うてクックッ、と喉で笑う彼女に厭きれ眼を向けるけど、カツンと缶コーヒーを当てられると不可解にも俺は笑ってた。
『明日も遊ぼうね、蔵』
手を振って走り出す姿に溜息を吐いて、それでもまた明日此処に来てしまう気がした。
ただの暇潰し、それだけやって託けて彼女に会う為に此処に来ると。
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