俺は今迄何してたんやろう。
父さんと母さんの為にこんな人生を始めて、死んでも死にきれん思いを糧に大旦那様や奥様を殺して来た。
あの日の思いを忘れて何が“楽しい”や。何が“暖かい”や。
名前もアイツも俺の憎悪そのものなんやから。
「思い出すだけで悔しい…」
あの頃何も出来ひんかった自分が悔しくて情けなくて。
もし“あの子”もアイツに殺されてたりなんかしたら……
そうや、“売られた”んかもしれへん。
オサムちゃんと契約を交わして直ぐ邸へ行った時、分かった事があった。
“あの子”は無事なんやろかって気になって覗いてみると、そこには大旦那様と旦那様が血相抱えて俺を探してたんや……
『蔵ノ介は何処へ行ったんだ!』
『もうオークションが始まるって言うのにどうするんだ』
『クソッ、こんな事なら縛って置けば良かった…!』
『お前のせいで此方が賠償金払う事になるぞ』
『あの糞ガキのせいで…』
あの日アイツが言ってた仕事とは“人身売買”の事。海外の資産家を集めては身寄りの無い子供や中高生を売って荒稼ぎしてて。
買う方も買う方やけどアイツ等はホンマに異常や…売られた後、どうなるん?何されるん?考えただけで震えが止まらず嘔吐を繰り返した。
そんな事になる前に助けてくれた“あの子”に感謝して、見当たらへん“あの子”の無事をただただ祈って。
「…名前、何やったんやろ」
“蔵ノ介”
顔はぼんやりと覚えてる。
“遊ぼう”
いつも手を繋いでたのも覚えてる。
名前は思い出せんでも、どうか元気で幸せで居てくれたら…
いつか君を探して「有難う」を伝えさせて欲しい。例え俺が見えへんでも。
□
『…白石、どないしたん?』
『さぁ?』
『名前んとこ行かんでええの?白石…』
「誰やねん名前て」
『白石…』
「俺には関係無い」
1日、2日、太陽が昇ってゆっくり沈んではまた昇る。
どんなに時間が経とうと俺は地上へ足を付ける事は無かった。アイツと一緒に居る名前を見たらそれだけで今迄過ごした時間が馬鹿みたいに汚らわしく思えて、アイツにも名前にも叫んで訴えたくなった。
父さんと母さんを返せ
名前、お前がお前やなかったら良かったのに。
『白石、』
「謙也、悪いけど放っといてくれへんか」
『…………』
『ええわ、行きましょ謙也先輩』
『せやけど財前、もう時間が、』
『始めっからこうしとけば良かったんや。馴れ合いなんや要らへん、どうせ部長が狩るんやから』
せや、財前の言う通りや。
アイツの言う事はいっつも正しい。殺すって分かっとる相手と馴れ合う必要なんか無かった。
いつか聞いた『深入りしてもええ事無いで』その言葉の意味を漸く理解した俺は後悔一色で膝を抱えたまま当日を迎える。
「ほな、そろそろ行こか」
紺色の薄暗い空に光が満ち始めて名前にとって最後の1日が始まった。
ホンマなら2週間前に消えてたんやから少しでも永く生きた時間を感謝して欲しいくらいや。
ぐっと身体を伸ばした後羽根を拡げると、
『白石っ!』
こんな俺に愛想も尽かさんと顔を出す謙也。それは前に見た謙也と一緒で焦った表情を浮かべながら息を切らしてた。
「…なんや?」
『や、なんや、って…』
「俺、今から“仕事”やねんけど」
『……………』
「話なら終わってから聞くで」
『…ホンマに、ええんか?』
「何がやねん」
『白石はそれで後悔せえへんのかっ!!』
謙也の言葉は『お願いやから殺さんで』と懇願してる気がした。ホンマにあの日と一緒で、俯いて『あかん、あかんて…』繰り返す。
謙也、俺はお前と違て名前の傍に居る為に契約したんやない。名前も、アイツも、皆殺す為に死神になったんや。分かるやろ…?
「また後でな?」
『白石っ!』
何で謙也が泣くんや?
俺は何も辛くないし哀しい訳でもない。ほんの少し情があるけどそんなもんは3日前に棄てたんや。せやから俺は自分の為に仕事をこなす、それだけやねんで…
羽ばたいた空に謙也の声が霧散した真っ白な朝。
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