「……名前?」
『うん?』
「もう少し、このままで居ってくれへん?」
『うん、いいよ』
「堪忍…」
『謝らなくていいのに』
「…………」
『蔵が辛い時はね、アタシが傍に居るから。何でもするから』
名前の首筋に顔を沈めて眼を瞑ると母さんと似た暖かさが頬から伝って、母さんとは違う情愛が背中を包んでくれる腕から伝う。
謙也も、彼女からこんな愛を貰ってたん?謙也もあげてたん?
何となく、
少しだけ、
ほんの少しだけ“愛”の意味が分かった気がした。人を慕う、大きくて暖かいモノ……
□
「財前、」
『珍しいやん、部長から来るなんや』
兎にも角にも人を見下した様な冷笑で迎える財前に何か分からへんけど安心して、隣に腰を下ろした。
一面に広がる海は緑を含んだ青で、呑み込まれてしまいそうなほど静けさを語ってた。
まさか財前が堤防におるなんや想像尽かへんくてビックリしたけど、財前も悩みがあったんか、何かしら理由があるんやろう。
「邪魔やった?」
『ええスよ、暇やったし』
言いながら海を見る横顔は物憂げやった。どないしたんか聞いてやりたいけど聞いたところで財前ははぐらかすんやと思う。
『謙也先輩、駄目やったんやって?』
「…………」
『部長がそんな顔する必要ないですわ』
「せやけど俺のせいで…!」
『謙也先輩は分かってましたわ』
「、え?」
『あの人は“無理でも可能性があるなら”って』
「……………」
そして煙草を取り出して『この世界で一番美味いもんや』と話を中断させて、火を点けると続けた。
『名前が部長ん事見えるんは何か理由があってのこと、せやから俺は見えへんのやろうって分かってたんやって。それでも1%の可能性に賭けたらしいで』
「…1%……」
『それから、部長に悪い事したって病んでましたわ』
「俺に?」
“白石はああいう性格やから要らん荷物抱えてしまうんやろな”
“せっかく最近アイツが元気になったのに俺が余計な事頼んだから”
“ごめんな、白石”
財前に話してる間、謙也は終始謝ってたらしい。自分の事は二の次で俺の事ばっかり…
「阿呆ちゃうかアイツ…」
『阿呆や思いますよ、謙也先輩も部長も』
「それで、謙也は?彼女んとこ行ったん?」
『…もう、居らん』
「は?」
『謙也先輩は消えた』
「―――、う、嘘やろ?謙也が、」
消えたって…そんなんあり得へん。
アイツに会うて俺ん事心配するなんや100年早いわって、自分の事だけ考えとけって、いっぱい文句言うてやりたいのに……
何でや、何で勝手に消えるんや阿呆!ずっと彼女の傍に居るんちゃうんかあほ…
「…………」
『……プッ、』
「、」
『部長ええキャラしてますよねー、ウケるわ……クックッ、』
「……は?」
感傷に浸る俺をまたも嘲笑う。
まさか、コイツ……
『冗談、ですよ』
「財前…」
『謙也先輩が消える訳ないやろ、死んでも彼女の傍に居る男が部長の事で消えると思いますー?』
「お前ええ度胸しとるやないか…俺に喧嘩売るっちゅう事はそれなりの覚悟があって『ソレ』」
『“その顔”が部長ですわ』
「―――――」
『やろ?』
「……ック、ククッ、…ハハ、ホンマ腹立つわ」
めっちゃ頭に来たのに
一発くらいぶん殴ってやりたかったのに
謙也だけやなくて財前にも心配されてたら自分の腑甲斐なさに笑いが込み上げた。
結局人間も人間じゃなくても誰かに支えられて生きてるっちゅうこと。たった1人の顔したっていつも隣には誰か居る、名前に会うて周りのかけがえなさを知った。
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