『謙也先輩、』
名前に会いたい、その一言は俺の思考回路を止めるのには容易くて理解出来ひんまま固まってると、俺より先に現状把握に出た財前の声で我に返った。
『会って、どないするん?』
『…アイツに会いたいねん』
「、謙也?」
『名前と一緒に居ったら他の人にやって白石は見えるんやろ!?せやったら俺もアイツに会って、いつも一緒に居るんやって…伝えたいねん…』
「……………」
つまり、謙也は自分の姿を彼女に見せたいっちゅうこと。
傍に居るけど何も出来ひん、せやけどいつも一緒に居るんやって彼女に会うて伝えたいんや。名前に触れてたら俺が他人にも“人間”として映るから。
『白石には迷惑な話やけど、お願いや…』
お願い、します…
最後の神頼みみたく震えて懇願する謙也を前に首を振れる筈なくて。
俺が、俺なんかでも謙也の力になってやれるなら、名前に上手い説明を付けて願いを叶えてやりたかった。
『部長、』
「ん。謙也、そない畏まらんでええから」
『、』
「行こか?」
『白石…おおきに、有難う…』
下げた頭をクシャクシャっと弄って背中を叩いてやると柔らかく幸せに笑う謙也が居った。
それは多分、俺に向けた表情やなくて彼女に対する愛そのものなんやと思う。謙也みたいな優しい男に愛される女の子は幸せやろうなぁって…そんな関係を少し羨ましく感じて羽根を拡げた。
『なぁ白石?』
「うん?」
『名前は白石が死神やって知らへんのやろ?』
「せやな」
『ほなどないするん?何て言うんや?俺のせいでバレたりしたら、』
「ええから。そんな要らん心配せんと彼女の事考えとき?」
『せやけど、』
「大丈夫や」
何で俺はこの時“大丈夫”なんて言うてしもたんやろう。何が大丈夫で何が駄目なん?
何を思って俺はそんな言葉を易々と口にしたんや……
そして何時もと同じく公園付近で足を降ろして歩く。今日に限って学校行ってへんやろな、なんて呑気な考えを片隅に謙也と歩幅を合わせた。
「名前」
『!』
「やっぱり今日もサボったん?」
『そんな事言って学校行ったら寂しがるの蔵でしょ?』
案の定ブランコに座ってた名前に適当な会話をして、隣に居る謙也について話題を触れようと文頭の「今日は、」を出そうとした時やった。
『ね、今日は何しよっか?』
「―――――」
謙也の身体を擦り抜けた名前は俺の腕に寄って来て。
触れるとか、彼女に会わせるとか、それ以前に名前には謙也が映らへんかったんや。
「…、けん『白石』」
『蔵?』
「…………」
擦り抜けた状態で重なった謙也は最後の砦を無くしたっちゅうのにさっきと変わらず笑ってて。
『名前にバレたらあかんし、返事せず聞いてや?』
『俺はそういう運命やってん…せやから白石が気にする必要無い』
『協力してくれて有難う、嬉しかったで?』
『白石は幸せ者やんな、良かったわ』
謙也っ、
呼んで何か言うてやりたいのに謙也の手が俺の口元を押さえてて喋れへん。それどころか『俺も頑張るから白石も後悔せん様にな』俺の心配ばっかりで。
翔んで行く謙也は最後まで笑顔を崩さんかった。
「……………」
『くら?どう、したの…?』
気付いた時には瞼が熱くて熱くて今にも溢れ落ちそうで歯を食い縛ってた。
「なぁ、会いたいって思てるのに会えへんのはどんなに辛いん…?」
『く、ら?』
「今日こそ会えるて、思てたのに、期待してたのに…」
期待させたんは俺。
こうなる事ももっと予測して、断っとけば良かったんや。大丈夫、大丈夫、そればっかり念頭に置いて謙也に無駄な傷を作ってしもた。
始めから期待なんかさせへんかったら、
俺が名前と話せたり触れたり出来ひんかったら、
謙也は薄い望みなんか持たへんかった。あんな顔、せんで済んだのに……
俺のせいやねん。俺が阿呆で軽はずみやったから…堪忍、謙也、ごめん……
『蔵、アタシは居なくなったりしないから…』
「…………」
『蔵が会いたいって思ってくれるならいつだって此処に居るから』
「……――っ、」
『泣かないで…?』
初めて誰かの為に流した涙は塩っぱくて
初めて重なった口唇は暖かくて
初めて、誰かに傍に居って欲しいと思った。
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