『くーらっ、プリクラ撮ろう?』
実は
写真に自分の姿が写る事を初めて知った。
『痛いな、ぶつかってんじゃねーよ!』
「あ、すんません…」
実は
名前と手を繋いでたら他人にも俺が見えて触れられる事を初めて知った。
『毎度あり、バニラアイスです!仲良さそうなカップルにはオマケしておきますよ』
実は
端から見れば俺と名前は普通の恋人に見られてるんやって事を初めて知った。
『蔵、楽しいね』
「…せやな」
彼女と居ると“初めて”がいっぱい増えて、知らんかった事もいっぱい分かって、ホンマに楽しいと思った。
復讐心しか無かった俺の心に新しく光が差した気がして、眩しくて鬱陶しい太陽さえも心地好くて。地面に足を付けて歩く喜びが分かった気がした。やっぱり人間は“羽根”なんか必要無い。
『ね、ね、好き?』
「え?」
『いい加減アタシの事“好き”って言わない?』
「それは言わへん」
『強情ー…蔵って頑固だよね』
「んー、褒め言葉として受け取っとくわ」
『うわ、信じらんない!』
「ククッ、らしいやろ?」
『…らしいけど、可愛くない』
頬を膨らます名前を見て「ハハッ」と笑う自分が今までとは別人みたいに単純で明快で、オサムちゃんみたいにいつでもヘラヘラ笑って悩みも無さそうな人に嫌悪を持ってたけど、笑うだけで楽になれる事もあるんやって。
「可愛い、は俺に向ける言葉やなくて名前に、やろ?」
『え?アタシが可愛いって事?』
「うん。可愛い」
『嘘、本当に!?』
「ホンマや。可愛えよ、名前は」
それこそ単純やけど、こんな新鮮な気持ちと新しい事を教えてくれたお礼に差し出した言葉やった。“好き”とは嘘でも言えへんけどそれ以外、代わりの言葉なら。
『…どうしよ、本当に嬉しい……』
「大袈裟やなぁ?」
『大袈裟じゃないよ、蔵が…いつも適当ばっかりな蔵が初めて褒めてくれたんだよ?嬉しいし、幸せに決まってる…』
「……………」
絡めたままの手を逆の手でも包み込んで、薄ら涙なんか溜めてたもんやから本気で“可愛い”て…もっと彼女と一緒に居りたいって思ってしもた。
□
『ぶーちょ』
「…厭な登場やな財前」
『普通ちゃいます?』
今度は20階建ての高層ビルの屋上で転がってると、覗き込む財前は数十センチの至近距離で眼を細めてた。
どうせまた名前の事聞き付けて面白がってんねん。ホンマ厭な男。
「一応聞くわ、何しに来たんや?」
『あれから1週間、もうとっくに“殺せる”日が来たのに何してるんやろなぁ思って』
「放っとき…」
やっぱり。予感的中の台詞が逆に馬鹿らしく思えた。
名前に逢うてもう10日。契約上の狩り期間2週間に入って3日が過ぎようとしていた。
あれから次の日もまた次の日も彼女に会いに地上へ降りる俺は滑稽ですか?
どうせ数日、11日経てば彼女は死ぬ。最後の日に、俺が狩る。せやからそれまではこのまま彼女と一緒に過ごしてもええやろ?誰に迷惑掛ける訳でも無く問題なんか無い筈やねん。
『別にええけど今までは2週間前に入ったと同時に狩ってましたよね』
「何が言いたいん?」
『先延ばしにしたってええ事無いですよ?ま、部長の自由やし俺には関係無いけど』
せやったらわざわざ言うな、言いたい気持ちを飲み込んで雲を眺めた。
ゆっくりゆっくり流れていく雲は風に身を任せるだけで羨ましい存在や。でも、何も持ち合わせてない雲が自分やとしたら今日感じた気持ちも想いも皆無なんや…それはそれで寂しいと思う。
財前やって、嘲笑いながらも俺ん事を考えてくれてるって分かるから。関係無いとかどうでもええとか、そんな風に思っても“感謝”とか“歓喜”は持っとたいなぁって…雲に対して優越を飛ばした。
『そういえば部長、』
「なん『白石っっ!』、」
話題変換の財前の言葉に相槌を打つと、何処からともなく放たれた大声によって掻き消された。
『あー謙也先輩』
「そない焦ってどないしたん?」
急いで駆け付けました、その証拠に謙也はハァハァと肩で息をして何時もとは違って眉を寄せる。
落ち着きが無い様子に首を傾げて深く酸素を吸い込む謙也を待った。
『し、白石、』
「ん?」
『名前、』
「、」
『名前に会わせて欲しいねん!!』
真面目且つ真剣そのものの謙也に、俺と財前の呼吸が一瞬止まってしもた。
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